上野千鶴子『おひとりさまの老後』を読んだ男おひとりさまの感想

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老後の介護について調べてみようと思い、上野千鶴子の『おひとりさまの老後』と『男おひとりさま道』を読んでみた。

ついでによく似た中澤まゆみ『おひとりさまの終の住みか』もレビュー。

上野先生の本は楽しく読めるエッセイ。中澤さんの本は老後の生活設計に関する実践的な本だった。

上野千鶴子『おひとりさまの老後』

2007年に出た『おひとりさまの老後』は75万部も売れた当時のベストセラー。

おひとりさま」という言葉がバズッたようで、その後も似たようなシリーズを何冊か出している。男性向けには『男おひとりさま道』という本がある。

年齢的には親の介護もまだだが、このまま独り身で老後を迎えるとなると、介護の問題はやはり気になる。

退職者をターゲットにした老後のハウツー本は、サラリーマン家族向けのものが大半だ。遺産相続や後見人といった話は、子どもがなければ関係ない。

これから増える「おひとりさま」をターゲットにしたのは、さすが社会学者。

老後に自分ひとりでも、どうやって満足のいく介護を受けて寿命を迎えるか。そういうノウハウや心構えが説かれている。

負け犬の老後

本書が想定する読者は生涯独身、もしくは離別・死別シングルの女性高齢者だ。

内容は独身女性の処世術といった感じ。暮らし方や友達づきあい、お金と介護、臨終の準備など、老後の身の振り方について語っている。

本の語り口はマイルドで、社会学の専門用語はあまり出てこない。引用されている資料も手軽に読めるレポートやウェブサイトが中心だった。

歯に衣着せない皮肉が冴えわたっていて、文体はどことなく酒井順子の『負け犬の遠吠え』に似ている。

『おひとりさまの老後』は30代独身女性(負け犬)の40~50年後を予言しているといっても過言でない。本の中では負け犬本の著者についても言及されている。

上野千鶴子は1948年生まれの団塊世代。生涯独身を貫く女性は、まだめずらしかった時代だ。

負け犬の鏡ないしは大先輩が語った老後の訓戒ともいえる本。独身女性が歳を重ねるにつれてニーズも増して、長く読まれ続けそうな予感がする。

介護「市場」の矛盾

著者は民間・公共を問わず、介護サービスというものを信用していない。

80年代末に出版された大熊一夫の『ルポ 老人病棟』を参照しつつ、次のように述べている。

ケアの質と料金は相関しない、ケアサービスに市場淘汰ははたらかない

上野千鶴子『おひとりさまの老後』

その理由は以下の3点。

  1. 介護される側がいわば介護を受ける初心者で、なにがよい介護か判断する基準をもたないこと
  2. くらべるほどの選択肢をもたないこと
  3. イヤなことがあってもそれを相手に伝達できないこと

つまり消費者が自由にサービスを選べる状況にない。そして介護業界には顧客満足度という意識が育たない。

介護は交通事故と似ている

たしかに介護というのは人生の終盤で、受ける機会があるかどうかというサービス。いくつも体験して比べられるものではない。

ましてや自分が痴呆になるとか他人に排泄を世話話してもらうとかは、あまり考えたくない現実。

そのため自分に合った介護サービスを調べたり準備することもないまま、行き当たりばったり施設に入れられる羽目になってしまう。

この本を読んで、介護問題とは交通事故に近い気がした。

事故に遭う前から病院や保険会社、示談交渉の弁護士について調べている人は少数派だろう。たまたま車にひかれた場所で、最寄りの救急病院に担ぎ込まれるパターンだ。

消費者に選択肢がないので、介護市場に淘汰圧が働かないというのは納得できる。

そして生身の人間が提供するサービスなので、教育や医療と同じく「相手が気に入らない」からといって他所に移るのが難しい。つい先生に遠慮してしまうという、気持ちの問題もある。

老人ホームに入る必要はない

老人ホームに入るのは、本人の希望というより家族の厄介払いである場合が多いと指摘されている。

まさに現代の姥捨て山。しかし「おひとりさま」であれば、配偶者や子どもの利害を気にせず自分の好きな介護を選ぶことができる。

独身女性はひとり暮らしに慣れているので、施設の相部屋より自分の家が落ち着く。

どんなあばら家でも、住み慣れた我が家が一番」というのが著者の主張だ。そして病院や施設ではなく、在宅で介護や終末医療を受ける方法が模索されている。

ふところ具合によるが、泊まり込みの家政婦を頼めば家族がいなくても家事は手伝ってもらえる。後述の『男おひとりさま道』によれば、日額1.5万ほどで家政婦は雇えるらしい。

相部屋より自宅が快適

実際に自分が最近入院した経験からしても、病院の相部屋というのはあまり居心地が良いものではない。

特にほかの患者が高齢で重篤だったりすると、夜中もうめいたり看護師が頻繁に呼ばれたりして睡眠をさまたげられる。夜勤ナースの仕事は大変だと感じた。

病院の4人部屋で暮らすのは、旅先で安いドミトリーに泊まるようなものだ。せいぜい数日なら不便なゲストハウスでも我慢できるが、これが毎日続くとストレスがたまる。

個室を選べば高額な差額ベッド代を請求されるし、健康保険が適用されるとはいえ入院中の食事もコストがかかる。

もし老人ホームと在宅医療の経済的負担がたいして変わらないなら、死ぬまで自分の家で暮らしたいという上野先生の意見に賛成だ。

在宅医療の合理性と地域格差

有料老人ホームの入居金は、場所によって数千万もかかる。

持ち家があるなら売らずに活用した方がリーズナブルといえる。

自宅をバリアフリーに改造して介護用品はレンタルで済ませる。家族に気兼ねすることがなければ、老後は自分のやりたいようにできる。

問題は在宅医療や看取りまで面倒をみてくれる介護サービスが、自分の住んでいる地域に存在するかどうかだ。

ケアサービスに市場原理が働かないと仮定するなら、明らかに地域の介護格差は存在する。

そして実際にサービスを受けてみるまで内容や質が読めないのだから、介護にお金を払うのは二重のギャンブルといえる。

『満足死』を読んで移住を考える

おひとりさまで住む場所が自由なら、身体が元気なうちから介護サービスの充実した地域に移り住むのも手だ。

たとえば在宅ケアを推進する疋田医師の活動を追った『満足死』という本がある。

これを読むと高知県にある佐賀町は、地域全体の介護レベルが異様にハイレベル。佐賀町に移住すれば、在宅で看取ってもらえる確率も高まりそうだ。

しかしキーパースンの疋田善平先生も高齢なので、いつまで手厚いサービスを続けられるかわからない。

地域の介護サービスには、場所柄だけでなくタイミングという要素もある。

孤独死・腐乱問題

単身世帯は自宅で孤独死する可能性が高い。

しかしそれは人間として普通のこと。家族がいたとしても死に目に会えるとは限らない。

「臨終を看取りたい」というのは、死にゆく人でなく残された家族の都合であると上野先生は指摘している。

酒井順子は『負け犬の遠吠え』で「腐乱も辞さず、腐ってもしょうがいないですー」と書いていた。負け犬は不倫や腐乱と縁が深い

『おひとりさまの老後』で引用されている監察医、小島原さんのレポートによると、人の死体は腐るだけでなく液状化して階下に滴り落ちるらしい。

その後の清掃はさぞかし大変だろう。

納棺師の仕事を扱った映画『おくりびと』の中にも、死後だいぶ経って見つかった孤独死の現場を片づけるシーンが出てきた。

孤独死対策は独居老人のマナー

ぽっくり死ぬのは理想とされるが、場所や状況によっては誰にも感づかれずに息を引き取ることになる。

おひとりさまのたしなみとしては、たとえ孤独死したとしても、なるべく早めに発見されることを心がけたい。

身寄りがなければ死んだ後のことは構わないともいえる。しかし死後も人に迷惑をかけずに済むのなら、その方がいい。

自分用に見守りサービスでも申し込むか、シェアハウスやグループホームで共同生活するのも孤独死の対策になる。

痴呆を予防するためにも、日ごろから友人なり隣人なりのネットワークを築いておくことが大切だ。

男性版の『男おひとりさま道』

その後に出版された『男おひとりさま道』では、男性に向けた老後生活のアドバイスが紹介されている。

ただし書かれている内容は『おひとりさまの老後』とほとんど同じ。どちらか読めば十分だった。

男性版の方でも「男の七戒」や「10ヵ条」という箇条書きされたルール集が登場する。その中でも印象的だったのが「過去の栄光を語らない」という戒めだ。

上野先生の観察によると、男というのは常に勝ち負けにこだわり、パワーゲームを楽しむ生き物であるらしい。退職してからも学歴・経歴で序列をつけたがり、老人同士が先生・社長と役職名で呼び合うこともあるそうだ。

常にマウントを取ろうとせざるを得ないのが男の性。これは老後になっても続く習性。

遺伝的な現象なので仕方ないとも思うが、女性側から見れば相当不自然に見えるのだろう。

中澤まゆみ『おひとりさまの終の住みか』

ライターでジャーナリストの中澤まゆみさんが『おひとりさまの終の住みか』というよく似た本を出している。

こちらは上野先生の本から8年後の2015年発刊。そして同じような「おひとりさまの○○」というシリーズを続けている。タイトルも表紙もよく似ていたりする。

中澤さんの著作の方は実践的なハウツー要素が強い。上野千鶴子のエッセイや社会学的分析に比べると、実生活ですぐに役立つ内容ばかりだ。

『おひとりさまの終の住みか』は在宅介護・高齢者住宅・介護施設・グループリビングなど老後の住まいについて網羅している。独自の取材やインタビューも豊富で、下手な老後の入門書を買うよりこれ1冊読んだ方が早い。

おひとりさまの類書が乱立している理由は不明だが、独居老人の生活を考える上でどちらも参考になる資料だ。

上野先生と中澤さんの本は内容がかぶらないので、補完的に学ぶことができる。

介護事業者の質は千差万別

著者は特別養護老人ホームでのボランティアを経験している。そのため施設内での体験談にはリアリティーがある。

介護市場の将来性を見越して、利益目的で参入した新規事業者への批判は手厳しい。いかにして劣悪な老人ホームやサービス付き高齢者住宅を見分けるか…そういったアドバイスがふんだんに掲載されている。

高齢者住宅紹介業者へのインタビューによると「ほとんどは親のためで、自分のためにホーム探しをする人は1割に満たない」そうだ。

たいていの人は80歳近くで要介護になってから、ケアマネジャーの紹介する近隣施設に、なし崩し的に入居させられるのだろう。

病院に入院していたときも、退院後の住まいをケアマネと相談しているシニアを多く見かけた。

シニア向け共同住居の事例が豊富

『おひとりさまの終の住みか』の第4章「ともに暮らす」では、高齢者の共同生活に関する先進事例が多く紹介されている。

  • 栃木県那須塩原市「ゆいの里」
  • 岐阜県恵那市「くわのみハウス」
  • 茨城県「龍ヶ崎シニア村」

など、上野先生の本や建築系の集合住宅論でも読んだことのない、ローカルなプロジェクトについて知ることができた。

特に龍ヶ崎シニア村は全国から出資者を募って建設されたコーポラティブ方式で、めずらしい事例といえる。

おひとりさまの老後を考えると、前述の孤独死対策のように他人と共同生活するメリットは大きい。「遠くの親戚より近くの他人」というように、血縁関係にない同居人でも家族の代わりになる可能性はある。

将来的に生涯未婚率と離婚率が上昇して単身生活者が増えてくれば、グループリビングやコレクティブハウスのニーズが高まると予想される。

なかには65~74歳の前期高齢者時代から、共同住宅を終の棲家に選ぶ人も出てくるだろう。

安定した人間関係は一朝一夕では築けないからだ。投資と同じで、早めに着手する意味がある。

地域色と人数制限のジレンマ

本書で取り上げられている共同生活の事例は、その多くが地域にあったデイサービスや施設を発展させたものだった。

良い意味でも悪い意味でもローカル色が強く、よそ者は入りにくそうな雰囲気を感じさせる。

またコミュニケーション密度の高い共同生活は、必然的に住民のキャパシティーが限られる

数100人規模の集合住宅で、炊事や家事を分担するグループリビングを実現するのは難しいだろう。逆に考えればシェアハウスのように、もう少しゆるいつながり方の共同生活があってもいいと思う。

介護の地域格差を考えると、老後はサービスの手厚い地域に引っ越したい気もしてくる。両親が転勤族だったりして、故郷や地縁がないおひとりさまもいるだろう。

今後は土地にゆかりのない人でも受け入れてくれる、シニア向けシェアハウスのような物件が増えてくれるとうれしい。

介護保険と老人ホームの基礎知識

自分が老後の問題に興味を持ったのは『親が70過ぎたら必ず備える40のこと』という本を手に取ったのがきっかけ。

団塊世代が後期高齢者に突入するにつれて需要が高まっているのか、親の介護問題を扱った本が増えている。

そのなかでも中澤さんの『おひとりさまの終の住みか』は、公共・民間のシニア向け住宅についてわかりやすく網羅してくれていた。

老人ホームは種類が多すぎる

「主な高齢者住宅・施設の種類と概要」として、スペック表にまとめられているのは以下の14種類。

  1. 特別養護老人ホーム
  2. 介護老人保健施設
  3. 介護療養型医療施設(介護型療養病棟)
  4. ケアハウス(一般型)
  5. ケアハウス(介護型)
  6. 軽費老人ホーム(A型)
  7. 軽費老人ホーム(B型)
  8. 介護付有料老人ホーム(入居時自立)
  9. 介護付有料老人ホーム(要支援・要介護者向け)
  10. 住宅型有料老人ホーム
  11. 健康型有料老人ホーム
  12. 認知症高齢者グループホーム
  13. シルバーハウジング
  14. サービス付き高齢者向け住宅

どう見ても数が多くて複雑すぎる。そして明らかに内容がかぶっていて、定義が曖昧なものもある。

介護や建設業界に関わる人でも、これらの違いをうまく説明できる人はそう多くないだろう。一級建築士の学科試験で特養や老健の違いは覚えたが、有料老人ホームの住宅型/健康型といわれても差がイメージできない。

田舎のおじいちゃん・おばあちゃんにも理解できるように、わかりやすく説明できる自信はない。

介護制度のリテラシーは必須

そもそも介護保険制度自体がひんぱんに変わるので、10年も経てば施設の内容や名称はまた別のものになっていると予想される。

本書の出版後、2017年に介護療養型医療施設は廃止され、介護医療院(I・II)・医療外付け型という3種類の施設が新たに生まれることになっている。

ますます訳がわからない。

今の自分が理解できないなら、これから歳をとって脳が老化してから介護制度の全容を把握することは不可能と思われる。

頭が働かないのは、自分がすでに若年性の痴呆症にかかっているせいかもしれない。

アルツハイマーなら認知症高齢者グループホームというのは想像できる。

しかし要支援・要介護度が基準を満たさなければ申し込めない。自分でもよくわからないまま、どこぞの格安老人ホームで虐待されたりするのだろうか。

もはや介護業界に関するリテラシーは、老年学の一部門といえるくらい必須の知識。特におひとりさまなら自衛のために予習が欠かせない。

介護保険をとりっぱぐれない

これから独身のまま老後を迎える見込みなら、介護保険制度についてはしっかり押さえておきたい。

40歳になれば健康保険に加えて介護保険料の納付が始まる。そして要介護・要支援認定を受けて介護保険を受給している人の割合は、全体の約2割にすぎない

寝たきりになったり介護支援を受けたりする必要なく、ぽっくり逝ければベスト。しかしいざ介護が必要になったときに備えて、ちゃんと申請手続きできるように準備しておきたい。

これから長年、介護保険料を納めながら、老後に肝心の介護保険サービスを受け損ねてしまったらもったいない。

おひとりさまで老後を過ごす覚悟なら、生涯学習・寿大学とかいって遊んでいる場合ではなかった。介護保険の知識は必須。孤独死対策は最低限のエチケットだ。