度肝を抜くコンクリート製巨大模型。国立新美術館の安藤忠雄展レビュー

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国立新美術館で開催中の安藤忠雄展、終了まで残り1週間を切った。空いているタイミングを狙って10月の平日に訪れたが、遅ればせながらレビューしてみたい。

いまや日本を代表する有名建築家の一大回顧展。常識を超えた実寸大のコンクリート模型は、建築業界の人でなくても一見の価値ありだ。

平日でも激混みの安藤忠雄展

東京の美術館はいつでも混んでいる。話題の企画展となれば、土日はディズニーランド並みに数時間待ちの行列ができたりする。ここはフリーランスの強みを生かして、平日月曜の空いてそうな時間に向かってみた。

地味な建築の展覧会など、平日はがらがらだと踏んでいたのだが、甘かった。学生や業界人以外に主婦やお年寄りまで、受付に並ぶくらい賑わっていた。この調子では土日はとんでもない混雑に違いない。まだ平日に来られてよかった。

先日本屋のレジで入手した紙のしおりを持って行ったら、通常1,500円の入場料が100円引きになった。前売りチケットなら200円は安くなったはずだが、これでもましだ。100円あれば、もやしを3袋は買える。世間は長らくデフレだが、美術館や映画館の鑑賞料金には着実にインフレの気配を感じる。

パンフレットのタイポグラフィーが微妙にエヴァンゲリオンっぽいが、特に意味はないだろう。わずかにぶれた躍動感のある肖像に差し込む一条の光、なかなかカッコいい写真だ。

初めて見たゲリラ住居

展示冒頭の挨拶で館長の追悼文らしき文章が出ていたが、本人はまだ健在だった。回顧展というニュースを見て亡くなられたのかと勘違いしたが、癌にかかって5つも臓器を摘出したのに、まだ現役で活躍しているらしい。元ボクサーとはいえ、恐るべきバイタリティーだ。

展示構成としては、学生時代の海外旅行の記録からはじまり、前半は住宅の模型と図面、中庭にある光の教会を挟んで、後半は海外も含む公共建築が中心になっていた。

大阪のアトリエと光の教会が実寸大で再現されているというのが売りだが、それ以外にも住吉の長屋などの代表作は、1/50の模型が出展されていた。一部は実物さながらコンクリートでつくられていて、打ち放しRC造の大家、安藤忠雄の面目躍如といった感じだ。

1960年代、旅行中のスケッチがやけにうまくて堂に入っていると思ったら、デビュー後1984~85年のクレジットになっていた。ちょっとまぎらわしい。著作はほぼすべて読んでいるので、見たことのある写真やドローイングも多かったが、1973年、都市ゲリラ住居の論文と模型は初見だった。

英語の新聞紙が張られた敷地模型に、黒い住宅モデルが鎮座している。とても50年前のものとは思えないので、展示用に作り直したのだろう。

手描きのレアな施工図面もあり

展示前半の住宅シリーズは、人がびっしり張り付いていてゆっくり見られなかったが、反対の壁にあった施工図面はじっくり観察することができた。当時は仕上げ表もすべて手書きだが、意外なほど細かくきれいな文字でメモ書きされている。図面の余白を埋め尽くすように、階段や建具のディティールが透視図で描き込まれているのには執念を感じた。

豪快な性格に見えて、そつのない仕事ぶりというのが成功の秘訣なのかもしれない。後半のプロジェクトでは、クライアントの社長や資産家に宛てた謎の立体メッセージが展示されていた。お客さんの顔をコラージュしたオブジェで、これが世界の安藤忠雄からでなかったら迷惑この上ない贈り物だろう。建築家だけでなく商売人としての手管も拝見できた展覧会だった。

中庭に光の教会を実寸大で再現

内部は撮影禁止だが、中庭にある光の教会は撮影OKだった。仮設ながら車いす用のスロープも用意されている。

学生時代に一度実物を見学したことがあるが、設計者の意図とは反して十字架のスリットにガラスがはまってあるのはよかったと思った。冬場の寒気や蚊に刺されるのに耐える修行は別でやればいい。

日曜のミサに参加するのに緊張しすぎて、ほかはほとんど覚えていない。幸い自己紹介とかスピーチさせられることはなくて、ほっとした記憶がある。

これだけ有名な作品でも実際に見るのは難しいから、東京に移築ならぬ実寸模型をつくるのはおもしろいアイデアだ。それが本物と同じコンクリート製というのは、安藤忠雄と新美術館ならではの贅沢な演出。こんな建築の展覧会は今まで見たことがない。

写真に写る光景はまさに本物そっくりの光の教会である。今風に言えばインスタ映えする一枚だが、コルビュジェの時代から近代建築でメディア戦略が重視されてきた歴史は、隈研吾も指摘しているとおりだ。

実は分解して運べる構造

さて、打ち放しの壁面をよく見ると、目地に段差があってモジュール化されたRCブロックを積み上げているようである。おそらくこの先パーツを分解して、パリやニューヨークを巡回するのではないかと思われる。末は瀬戸内海の直島に安置されて、今治市の伊東豊雄建築ミュージアムのように常設化されるのではなかろうか。

都心から海を臨む離島のほとりに移築されたシルバーハットもなかなかよかったので、ぜひ直島にアンビルトの作品もどんどん建造して、安藤百福のカップヌードルミュージアムならぬ、建築テーマパークをつくってほしい。

海外プロジェクトも圧巻の巨大模型

後半の展示室にある直島の模型も撮影可能だった。ウッドチップで島の地形を表現して、プロジェクターで景観を映している。

敷地も含めてとんでもなくでかい模型だが、安藤忠雄クラスでなければ新美術館のメイン展示室2部屋は埋められなかっただろう。一人でメディア芸術祭の展示をしているくらいのスケールだ。

ヴェネチアのプンタ・デラ・ドガーナなど、海外の最新プロジェクトも抜かりなく巨大スケールの模型で表現されている。周囲の古い建物も忠実に表現されているのだが、ヨーロッパの古い町並みは敷地模型をつくるだけで一年くらいかかりそうな細かさである。

RC施工のビデオ映像が興味深い

イタリアのプロジェクトでは、施工中の様子を記録したビデオ映像を早回しで再生していた。資材を運んで足場を作り、型枠をセットしてコンクリートを注入、養生してから型を外す一連の作業を見ていると、滑らかな打ち放しを実現するのに途方もない苦労があることを実感させられる。

幾何学的な造形の裏に、緻密に計算された材料の調合や、施工の技術が隠れている。表に見えない職人技こそが、安藤忠雄の真価ではないかと思った。施工にまつわるエピソードや営業テクニックを垣間見られたのが、今回の展示の収穫だったといえる。

安藤忠雄関連でおすすめの一冊

安藤建築はシンプルでわかりやすい反面、のっぺりとした不愛想な感じで、写真だけ撮って素通りしてしまいそうなことがある。もう少し深く考えるなら、昔読んでおもしろかった古山正雄の解説本『壁の探求―安藤忠雄論』が参考になる。

すでに絶版だが、古本を手に入れて読んでも損はない一冊だ。仕事術や精神論が中心になりがちな安藤忠雄関連の類書に比べて、わけはわからないがコンクリートの壁のすごさが伝わってくる。