ミニマリストが見習うべき養生訓満載の『フランクリン自伝』レビュー

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1年ほど前にアイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』を読んで、アメリカ人のメンタリティーというものに興味を持った。

作中で語れる合理性・生産性崇拝は、日本人からすると極端な気もするし、幾分政治的に偏っているので文芸・思想界から黙殺されているのもうなづける。だが、ひそかにアメリカの一般市民に読み継がれていて「聖書に次ぐベストセラー」なんて呼ばれるには訳があるに違いない。おそらく、日本の論語や武士道のように、アメリカ人の精神的バックボーンには古典的自由主義が膾炙しているのだろう。

フランクリン自伝のあらすじ

そんなわけで、遅まきながらアメリカ合衆国建国の父の一人といわれるベンジャミン・フランクリンの自伝を岩波文庫版で読んでみた。こちらもアメリカではロングセラーで、日本でも明治期には福沢諭吉と同じくらい熱狂的に読まれたらしい。

基本ノンフィクションだが、数年間空けながらイギリス・フランス・アメリカ滞在中に断続的に書かれたようで、ストーリーが断続的だったり、日記のように細かすぎたりするところもある。年表的には1754~63年のフレンチ・インディアン戦争を経て渡英する頃までが語られ、その後の独立戦争での活躍は描かれていない。

幼少期にダニエル・デフォーの著作に親しんでいたとあって、自伝の前半、船に乗って故郷を出るあたりの心理描写は『ロビンソン・クルーソー』のようだ。無人島から帰還したあと、実は漂流前に投資したブラジル農園の経営がうまくいっていて財を成すあたりも、フランクリンの生涯とかぶって見える。

フランクリン自身が商売人、政治家、発明家だったり多才なので、その自伝もいろいろな読み方ができると思う。子供の頃、初めて知ったのはファミコンゲームのMOTHERシリーズに出てくるフランクリンバッジだった。

即死攻撃のPKビームγを跳ね返す防御アイテムで、当時フランクリンといえば雷や電気の研究をしていた科学者だと思っていた。マザーはWiiUとか3DSに格安でダウンロードできるようなので、暇になったらまたプレイしてみたいと思う。

現代にも通用するミニマリスト的養生訓

自伝を読んで、個人的には前半の生い立ちと、今でも通用しそうなミニマリスト的食習慣に興味を持った。当時からベジタリアンのブームがあったとは意外だったが、トライオンというイギリスの菜食主義者の影響を受けて、16歳から肉を食べなくなったらしい。食費もかからず一石二鳥という発想が、いかにも合理主義者らしい。

こんな風に食物のことには全然気を使わないように育てられたもので、私はどんな食物が眼の前に並べられようとどうでもいいと思い、少しも注意を払わないようになってしまった…この習慣のおかげで、旅に出た時など大いに便利している。

引用:松本慎一、西川正身訳『フランクリン自伝』

一度、生活レベルを上げてしまうと、それを下げるのはなかなか難しい。舌が肥えて粗末な料理で満足できなくなると、それはそれで不幸な気がするので、自分も日ごろから食べ物は贅沢しないように心がけている。おかげで、たまの贅沢に株主優待で牛丼を外食したりすると、この上ない幸せを感じる。優待に追加100円で食べられるイベリコステーキは今年一番感激した料理だった。

また、ロンドンの印刷所で奉公しているときは、ほかの職人が飲酒する習慣を以下のようにこきおろしている。

ビールを飲んで生じる精力は、ほかでもない、ビールの成分である水の中に溶けている大麦の粒ないしは粉の量に比例するものであって、1ペニー分のパンのほうが粉の量が多いのであるから、1パイントの水と一緒にパンを1ペニー分食べたほうがビールを1クォート飲むより力がつく。

引用:松本慎一、西川正身訳『フランクリン自伝』

ほかにも、「屋根裏部屋に住んでいる修道女が、水粥だけで何年も病気をせずに暮らしている」とか、商人として節約・勤勉を勧める一方、禅僧のように食事を切り詰めることも、著作のそこかしこで推奨されている。

確かに、酒飲みがのたまう「酒が身体によい理由」は容易に反駁できるだろう。自分もここ1年以上、健康上・経済上の理由でアルコールは断って、代わりにビール酵母を飲むようにしている。

フランクリンがユニークなのは、菜食主義や禁酒を勧める理由として必ず「飲食費が浮く」という経済的なメリットを強調する点だ。当時としては宗教的に異端であったらしいが、「もろもろの悪行は禁じられているから有害なのではなく、有害だから禁じられている」という合理的思考が根拠にある。

「貧しいリチャードの暦」はなぜ貧しいのか

印刷所を開業してから、1732年にリチャード・ソーンダーズという名前で発行したカレンダーが25年間も売れ続けたヒット商品であったらしい。「貧しいリチャードの暦(Poor Richard’s Almanack)」という名前で、世間に伝わることわざとか教訓を集めて併記したカレンダー。今でもある、日めくり商品の元祖だろう。

ちょっとおもしろいのが、自伝巻末収録の『富に至る道』で抜粋されているように、リチャードの暦ではさんざんいい話があるにも関わらず、「貧しい」というタイトルが冠されている点だ。「金持ち父さん」シリーズは金持ちだから意味があるのであって、『貧乏父さんの投資ガイド』なんて誰も読みたくないだろう。

貧しいリチャードの話は役に立つのか、それとも聞くべきでないのか…。「この文章は読まないでください」といわれるのと同じで、なにか不安をかき立てられ、かえって気になってしまう。「嘘つきのクレタ人」と同じで、自己言及的なパラドックスを含むうまいネーミングを考えたものだと思う。

ためしに当ブログのサブタイトルでも真似して「貧しいけんこうさんの日記」としてみた。けんこうさんが貧乏なのは事実だが…。試しに2か月ほど設定して眺めてみたが、やはり売れないブログのタイトルは具体的でわかりやすい方が読者に親切かと思い、元の感じに戻した。

一方でユーモアと人間味にあふれる書物

フランクリンの人気がある理由の一つは、厳しい戒律を強いると思いきや、実際にはそこまで徹底しきれなかった、と素直に告白している点であろう。自伝全体を通して自慢話がいくつも出てくるのだが、次のように締めているところはユーモアのセンスを感じる。

実際われわれが生まれ持った感情の中でも自負心ほど抑えがたいものはあるまい。…なぜかと言えば、私は完全にこれに打勝ったと思うことができるとしても、恐らく自分の謙譲を自負することがあるだろうから。

引用:松本慎一、西川正身訳『フランクリン自伝』

奥が深い書物だ。