自転車で激坂を上る「勝利の方程式」~理想的なポジションと車体

記事内に広告が含まれています。

ラピュタ坂で前輪が浮いてリタイアした状況を考えると、激坂登坂に必要なのは脚力や根性だけではない気がする。ためしにヒルクライム中の力のつり合いから、急勾配でウィリーする原因と対策を考えてみた。

結論からいうと、体の姿勢はなるべく前傾させ、車体の重量バランスも前寄りになるようセッティングした方がよい。後方に回転するモーメントを相殺するには、ホイールベースも長い方が有利とわかった。

登坂中の力のつり合い

車体と人間を合わせた重心に集中加重\(W\)が作用し、ローラー支持の前輪接地点(\(F\))と、ピン支持の後輪接地点(\(R\))で支持される静定構造物を仮定する。\(FR\)間のホイールベースを\(L\)、\(R\)点から重心までの斜面垂直距離を\(H\)、斜面水平距離を\(T\)とする。

下の図はラピュタ坂の最大勾配といわれる28%で傾きを表現している。

raputa_figure01

斜面垂直方向の力のつり合いより、

\[V_F+V_R=Wcos\theta\tag{1}\]

斜面水平方向の力のつり合いより、

\[H_R=Wsin\theta\tag{2}\]

\(R\)点まわりのモーメントのつり合いより、

\[TWcos\theta=LV_F+HWsin\theta\tag{3}\]

(3)式より、

\[V_F=\frac{W(Tcos\theta-Hsin\theta)}{L}\tag{4}\]

(4)式を(1)式に代入して、

\[V_R=W(cos\theta-\frac{Hsin\theta-Tcos\theta}{L})\tag{5}\]

これで反力\(V_F\)、\(V_R\)、\(H_R\)を求めることができた。

前輪を安定させるポジション

「前輪が浮く」臨界点とは、\(F\)点の垂直反力\(V_F=0\)となる状態である。すなわち前輪をウィリーさせないためには、\(V_F\)がなるべく大きくなるようにすればよい。

自転車の乗車姿勢によって、斜面に対する重心の位置(\(H\)と\(T\))を変えることができる。一般的には車体重量より人間の体の方が重いので、後述のバイクセッティングより姿勢による影響の方がはるかに大きい。

(4)式より、前輪ウィリーを防ぐには\(T\)を最大化しつつ\(H\)をなるべく下げる。具体的なポジションのイメージとしては、「立ち漕ぎでハンドルの上に体を乗せ、頭を前に出して低く下げる」。ちょうど『弱虫ペダル』39巻に出てくる、御堂筋翔のバッタのような前傾姿勢が理想的だ。

斜度45%以下なら、重心を下げるより前に出す方が前輪安定化の効果は大きい。たまに前を見て進路を確認する必要もあるので、現実的には「頭を下げる」より「斜め前に突き出す」ことを意識した方がよいかもしれない。

静止状態では重い方が有利

一方で車体と地面の幾何学的な関係に注目すると、重心から斜面に下ろした垂線の足が前後輪の間にある限りにおいて、「体重・車体が重い方が前輪は浮きにくい」ということができる。

「坂を上るのに重い方が有利」というのは直感的におかしいが、これは静止状態を仮定した場合。体重がある方が、相対的に前輪の浮き上がりを抑えることができる。

しかし前に進むにはペダルを回して後輪接地点の水平反力\(H_R\)を増やす必要がある。その場合は(2)式により\(H_R\)は重量\(W\)に比例するので、体や車体が重いと不利になる。

勾配\(\theta\)と水平反力\(H_R\)の関係をグラフで書くと以下のようになる。世の中に存在する勾配30%くらいまでの坂なら、加速に必要なトルクは斜度にも比例することがわかる。

勾配と後輪接地点水平反力の関係

ヒルクライムに必要なパワーは、体重と勾配の両方に比例する。しかし多少体重が増えても、筋肉をつけて出力を増した方が速く走れるかもしれない。機材に関しても軽量化しすぎるより、多少重くても剛性を確保した方がスピードは出る可能性がある。

静的なバランスだけ考えれば前傾姿勢が有利だが、「シッティングの方が力を入れやすい」という人もいるだろう。トレードオフの関係にあるパラメーターについては、一概にどれがベストとは言い切れない。

ホイールベースは長い方がいい

人間の体は複雑だが、バイクに対しては激坂向きのセッティングを考えてみることができる。まずホイールベースに関して、重心の水平距離が常に車体の中心にあると仮定すると、

\[T=\frac{L}{2}\tag{6}\]

(6)式を(4)式に代入して、

\[V_F=\frac{Wcos\theta}{2}-\frac{Hsin\theta}{L}\tag{7}\]

すなわちホイールベース\(L\)は長い方が、前輪接地点の垂直反力\(V_F\)が大きくなり、ウィリーを抑えることができる。

車体の重量バランスも前寄りに

体の姿勢と同じく、車体の重心もなるべく前方・下側に持ってきた方が前輪は安定する。長いステムや重いハンドル(ドロップハンドル>ブルホーン>フラットバー)の方が激坂には有効だ。

逆に車体後方のサドルバッグやマウント・ボトル類は前輪浮きの原因になる。今回はトライアスロンのレース仕様で、サドルマウントにツールボトルや輪行袋を差していたのがまずかった。

サドル後方の装備は不利

もし体重が軽くて相対的にバイクの重量バランスが重要な場合は、前輪だけ重いホイールを履くのもありかもしれない。車体重量が増えればその分、坂を上るパワーも余計必要になるが、前輪が浮いてしまったらそもそも走り続けること自体が難しい。