『敗者のゲーム』レビュー。コロナショックを経て長期投資を疑う

長期投資の指南書として有名なチャールズ・エリス『敗者のゲーム』。

同じく有名なバートン・マルキールの『ウォール街のランダム・ウォーカー』に比べると、文学的な引用や比喩表現が多く、読み物としておもしろい。最初に読むなら『敗者のゲーム』の方をおすすめしたい。

短期的に利ザヤを稼ぎたい人にとって、おもしろくもなんともない内容といえる。その昔、株式投資を始めたときは、こんな考え方があるなんて知らなかった。仮に読んでも当時は興味を持てなかったと思う。

しかし長年相場を経験して辛酸をなめると、長期投資の価値が身に染みてわかってくる。「自分は投資に向いていない」という人ほど向いていて、手間のかからないミニマリスト向けの資産運用法でもある。

ただし本書の分析対象となっているのは、あくまで20世紀後半のアメリカ市場。超長期というには期間も短いし、日本や他の新興国市場にそのまま当てはまる保証はない。

何十年もあとになってからでないと、その有効性を検証できないというのが長期投資のリスクだ。平均収益率というエビデンス自体が毎年更新されるので、暴落後の不況が長引くと事情が変わってくる。

多少の浮き沈みはあっても世界経済全体の成長が続くと信じられるなら、最も効率的な投資法といえなくもない。株で稼ぐことは諦めて他の活動に専念したいなら、これほど有効な「ほったらかし投資法」もない。

※コロナウイルスによる連日の株価暴落をふまえて、レビューを追記しました。

(2020年3月13日更新)

『敗者のゲーム』概要と読みどころ

本書の原題は”Winning the Loser’s Game” (敗者のゲームに勝つ)なので、邦題とは少々ニュアンスが異なる。

『敗者のゲーム』とは、元になった論文”The Loser’s Game”の直訳。この論文は現在ウェブで公開されている。

その後1985年に単行本の初版が出て、類書の『ウォール街のランダム・ウォーカー』と同じく、市況や新理論を折りこみながら更新され続けている。現在最新の第6版は2015年に翻訳が出てから、まだ改定されていない。

敗者のゲーム〈原著第6版〉
日本経済新聞出版社

何度も書き換えられているせいか、old/boldパイロットの比喩や「投資の秘訣は損を出さないこと」という引用、「図書館で過去の暴落時の新聞を読め」といったアドバイスが重複して登場する。

また著者の本業は投資コンサルタントであるため、ポジショントークと見られる部分も出てくる。

「運用基本計画の立案は専門家に相談すべき」というポリシーで、『ランダム・ウォーカー』のように具体的な資産配分のケーススタディーは出てこない。ただし投資方針は株式100%とシンプルなので、簡単に真似することができる。

長期投資の要点とリターン期待値

『敗者のゲーム』ではくどいほど繰り返して長期投資の有用性が説かれている。しかし要点は以下の3行にまとめられる。

  1. 個別株投資やアクティブファンドでは市場平均に勝てない
  2. インデックスファンドで長期分散投資する方が収益率は高い
  3. 資産配分は複数市場に分散させた株式100%でOK

本書のアドバイスに従うなら、なるべく手数料の安いインデックスファンドを購入して20年以上持ち続けること。

投資対象は「全世界株式」のような複数の市場に分散投資するファンドが望ましい。ただしアセットアロケーションに債権や不動産まで含める必要はない。

そうすれば年間平均収益率6%程度(インフレ調整後)の高い利回りで複利運用できる。単純計算して、20年後は元手の3倍以上に増える見込みだ。

行動経済学にもとづく精神論

長期投資とは基本的に「放っておく」ことなので、いかにして売りたい誘惑を退けるかが肝になる。

そのため生活に必要な資金をあてるべきでないし、配当や分配金もあてにしてはいけない。収益への課税を先延ばしして利回りを高めるため、再投資・複利運用が原則とされる。

長期投資のポイントは己を知ること。つまり市況の変動や感情に左右されて無駄な売買をしないこと。自分が許容できる以上のリスクを取らないこと。

投資本の古典、ベンジャミン・グレアム『賢明なる投資家』から「ミスター・マーケット vs ミスター・バリュー」の話が引用される。これは巻末の推薦図書にも挙げられている、ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』の「システム1 vs システム2」コンセプトに通じる。

個人投資家としては、行動経済学で指摘される以下のような傾向を意識的に避けるのが重要とされる。

  • 平均への回帰という社会科学の原則や統計的な確率を無視する
  • 自分の判断力を過信する。当初の判断を正当化する材料ばかり探す
  • 新しい情報に過剰反応する
  • 自分は他の投資家よりすぐれていると思い込む

無駄に焦らされないための、具体的な戒めとしては以下のとおり。

  • 株価のチェックは四半期に一度で十分
  • 売買について考えるのは年に1回以下でいい
  • 投資信託を買ったら10年は売らずにキープする

パッシブ運用に対する忠誠心を養うには、うってつけの本だ。正月休みや株価暴落時に度々読み返すと、長期投資への信仰を強化することができる。

長期投資は宗教である

実際の運用成果は老後になってからでないとわからないという意味で、長期投資は宗教に近い。

市況変動に関わらず「不売の誓い」という戒律を守ることにより、「手堅く運用している」という安心感が得られる。株価(世論)やアクティブ投信(邪教)のパフォーマンスをチェックして、教義を疑ってはいけない。

もうこれ以上、株式投資について悩まなくていい」という精神的解放感こそが、長期投資の有効性を信じる最大のメリットではないだろうか。浮いた時間で仕事や趣味といった、もっと健全な活動に集中することができる。

ミニマリスト向けの資産運用法

チャールズ・エリスが言うように、株式投資とは一生懸命やるほどリターンが増えるものではない。

「むやみに頑張りすぎる」のは、個人投資家の避けるべきリスクとされている。相場がランダム・ウォークする以上、一切の予測は役に立たないからだ。

ファンダメンタルでもテクニカルでも、時間をかけて研究したところで成果は猿のダーツ投げと変わらない。それなら無駄なコストをかけない方がまだましという理屈だ。

『敗者のゲーム』には「悟りを開く」というこだわりを捨てて悟るというような、逆説的な教義が散りばめられている。改訂版では行動経済学の知見も加えられており、一般的な処世術としても読みごたえがある。

株式投資の話を超えて、どことなく禅やミニマリストの教義に通じるところが長年古典として親しまれている理由だろう。

株式への全面投資を勧める理由

『敗者のゲーム』が『ランダム・ウォーカー』と大きく異なる点は、バランスファンドへの分散投資を否定している点だ。

債権や財務省短期証券(TB)も無視して、100%株式に突っ込むべきとされている。

金・原油・穀物といったコモディティ銘柄も、付加価値を生まないので評価されていない。同じ理屈で仮想通貨への投機もきっと否定されるはず。

インデックスファンドを用いたパッシブ運用について書かれた本で、ここまで攻撃的なスタンスは見たことがない。

普通は株式と逆の値動きをする債権や不動産を合わせ持つことで、リスク分散を図るのが定石だ。各国市場に投資したところで、株式だけでは逆相関を図れない。

数ある資産クラスの中でも、株式は短期的なボラリティが大きい。リーマンショックや今回のコロナショックのような大暴落に直面すれば、資産の半分を失うおそれもある。

普通は「100-年齢=株式への配分比率」という計算式を目安に、歳をとるほど債権など安全資産の比率を高めていくというのがセオリーとされている。

年齢を問わず株式100%という方針は、たとえインデックス投信を用いたとしてもアグレッシブ。無難な長期投資をうたいつつ、ハイリスク・ハイリターンな戦略に見えないこともない。

25年間の平均収益率は株式が最大

チャールズ・エリスが株式への集中投資を勧める理由は、長期的にみた平均収益率の高さによる。

米国市場で1926~2012年(86年間)の投資リターンを比べると、

  • 株式:9.7%
  • 債権:5.4%
  • 短期財務省証券:3.9%
  • インフレーション:3.0%
    ※『敗者のゲーム』第6版 図8-1より

債権に比べて株式の年率リターンは2倍近くに膨らむ。インフレ率を引いても年平均6%以上の利回りだ。

市場全体がはらむマーケットリスクを引き受ける代わりに、株式はリターンの期待値も大きい。数十年の期間で比べると短期的な騰落は平準化され、他のアセットクラスよりパフォーマンスが上回ると検証されている。

個別の銘柄や業界グループのはらむリスクは、分散投資によって排除できる。株式といっても市場全体に賭けるインデックス投資が前提だ。

著者が取り上げている統計を見るかぎり、確かに25年間の平均リターンは株式が最も高くなる。収益率変動幅の下限値は債権・キャッシュを上回るだけでなく、プラスに転じている(本書の図7-1より)。

「25年以上の長期投資」と仮定して結果だけ見れば、株式が一番有利だ。長い目で見れば資産構成クラスの逆相関を意識しなくても、株式だけで年度ごとのリスク分散は図れる。

それが『敗者のゲーム』で株式投資が強く推奨される理由。逆に言うと、それ以外の論拠は見当たらなかった。

長期投資とインフレリスク

著書が株式のハイパフォーマンスに着目する背景には、インフレリスクに備えるという観点がある。

長期投資において最も懸念されるのは、じわじわ物価が上昇するインフレーションだ。特にアメリカでは1974年から2000年の26年間で、インフレにより1ドルの価値は27セントまで下がっている。

その間に資産が増えなければ、購買力が実質83%下がったのと変わらない。老後に貯蓄を運用しながら暮らしている場合は、物価上昇がもろに生活費を圧迫する。

インフレ率を折りこんだ場合、債権の年利回りは3.4%にすぎない。上記の表では触れられていないが、投資収益には所得税も課される。

何もしなければ資産価値が目減りしていくインフレリスクを考慮すると、多少のリスクを引き受けて株式に集中投資するのがベター。そして超長期なら市場リスクは気にならないほどになる。

『敗者のゲーム』をあえて疑う

長期投資における物価上昇のデメリットを相殺するために、チャールズ・エリスはあえて株式への投資を優先している。

しかし米国市場における過去の統計以外にエビデンスはない。著者がアクティブファンドを否定しているのとまさに同じ理由で、長期投資の有効性も疑うことができてしまう。

ファンドの運用成績を評価する際に陥りがちな誤りは、以下の3点に集約される。

  1. 生存者バイアス(途中で消えたデータが無視される)
  2. 新規参入バイアス(最近のデータが強調される)
  3. 分析期間の設定により、結果が大きく変わる

このうち3つ目の誤謬については、『敗者のゲーム』にもそのまま当てはまる。

サンプルの選び方が恣意的

まず本書で取り上げられているのは主に20世紀後半の米国市場だ。「超長期」というのに100年未満の歴史では短すぎる気もする。

また高齢化や人口減少が進む日本市場には適用できないおそれもある。もしかすると日本経済はバブル崩壊後100年以上にわたって、長期的に下落し続けている途上なのかもしれない。

株式の年間平均収益率9.7%というハイパフォーマンスは、あくまで「成長期のアメリカ経済」という恣意的に選ばれたサンプル。著者が論証に有利な統計値を選んだと、割り引いて考えることもできる。

「移動」平均への回帰

究極的に考えると、長期投資の確実性は新しい歴史によって常に更新され続ける。

「平均への回帰」という統計的現象が真理だとしても、長い目で見れば平均値そのものが変動している。

20世紀に有利だった投資法が、21世紀になってもそのまま使えるという保証はない。リーマンショックやコロナショックなどまだ序の口で、さらに劇的な国際情勢の変動が起こるおそれもある。

バートン・マルキール教授が述べているように、ランダム・ウォークの本質とは「過去の動きから将来の方向性を予測することは不可能」なこと。

これまでの統計から予想される長期投資の期待リターンでさえも、あくまで仮説のひとつにすぎない。

歴史に学ぶ悲観的シナリオ

実際のところ先進国の株式市場はまだ十分に効率的でなく、アクティブファンドが勝利する可能性も捨てきれない。

インデックスファンドの手数料が安いとはいえ、ゼロではない。もし自分の生きている間に市場が下落を続けた場合、キャッシュで持ち続けた方がましだったという結論もありえる。

歴史的に見ても日本の80年代バブル期には、「銀行にお金を預けていた人が一番リターンがよかった」とされる。

未来の人類が21世紀を振り返ると、市場全体がマイナスの平均に向けて回帰する暗黒時代だったと評価されてもおかしくない。

長期投資を評価する難しさ

あるいは資本主義経済が役目を終えて、社会主義でもない共有型経済に取って代わられる可能性はないだろうか。

シェアリングエコノミーの台頭や『限界費用ゼロ社会』の本を読むと、そんなSFめいた話もフィクションではない気がしてくる。

株式市場自体が消滅するパラダイムシフトまで想定してしまうと、どんな投資理論も仮説も意味をなさない。

その意味ではチャールズ・エリスが主張する長期投資とは、せいぜい数十年のスパンを意図した作業仮説。いみじくも著者自身が指摘しているように「運用のあらゆる局面で、主役は時間である」。

運用期間が長ければ長いほど、状況が変わって仮説の有効性が揺らいでくるというのが長期投資の本質的弱点だ。歴史に学ぶのが大事だとしても、その歴史自体が日々変わり続けている。

『敗者のゲーム』の中で、ハイゼンベルクの「相互決定の原理」が引用される個所がある。

「測定のプロセスが測定される現象に影響を与える」という点においては、アクティブファンドもインデックスファンドも実は同じ。完全に客観的なパフォーマンス評価というのは期待できない。

株式投資はすべてバックミラー運転

本書に出てくる秀逸な比喩で、過去の相場をもとに「バックミラーを見て運転する」誤りが説かれている。

後方の街路パターンを確認しながら、この先進む道路がまっすぐかどうかは想像できる。しかし目の前に迫った交差点や行き止まり、急カーブをバックミラーから予期することはできない。

結局のところ未来は予測不能なランダム・ウォークと仮定すれば、長期投資家もバックミラーを見ながら運転しているのと同じではないか。ミラーに映っている過去の年月が、長いか短いかの違いでしかない。

株式投資は「後ろを向いて走るしかない」恐怖のチキンレースともいえる。

勝者のゲームと敗者のゲームの違い

タイトルの元になった「敗者のゲーム」という用語は、著者のオリジナルではない。

序盤で引用されているように、サイモン・ラモの『初心者のための驚異のテニス』という本がネタ元で、原著は”Extraordinary Tennis for the Ordinary Tennis Player”。直訳すると「平凡なテニスプレーヤーのための普通でないテニス」というひねったフレーズになっている。

このテニスの本に、勝者のゲーム/敗者のゲームという対比が出てくる。

  • 勝者のゲーム…あえてリスクを侵したプレーで特典を勝ち取る(プロの試合)
  • 敗者のゲーム…相手のミスによって得点がもらえる(アマチュアの試合)

勝者のゲームとは滅多にミスなど犯さないプロが、驚異的なプレーで腕を競うハイレベルな競技。かたや敗者のゲームとは、下手なプレーヤー同士が相手のミスで勝ってしまう低レベルなレジャー。

ミスを減らすという戦略

敗者のゲームにおいては派手なパフォーマンスを目指すより、「なるべくミスをしない」という戦略が有効とされる。なぜなら相手のレベルが低いので、無難に続けていれば勝手に自滅してくれるからだ。

トミー・アーマーの『ベスト・ゴルフ』という本にも似たような記述があり、もとはスポーツの用語といえる。サミュエル・エリオット・モリソンの『戦略と妥協』によると、軍事問題も敗者のゲームに分類されるようだ。

個人的に経験した競技でいうと、トライアスロンもまさに敗者のゲームだと感じた。スイム→バイク→ランという3つのパートで、そつなくペースを維持した方が不思議と総合順位は上がる。

特にエイジグルーパー(アマチュア)の順位争いでは、自転車の機材トラブルや体調不良といったアクシデントが最大の敵。序盤で力みすぎてDNF(リタイア)する人も多く、そこそこのタイムで完走すれば意外と成績がよかったりする。

株式市場における意味の逆転

そして本書でチャールズ・エリスが主張しているのは、以下の理由により株式市場が勝者のゲームから敗者のゲームに変わったという点。

  • 市場が効率的になりすぎた(瞬時に公正価格に調整される)
  • 投資家やファンド・マネジャーが優秀になりすぎた

同様に航空産業も冒険家からプロのパイロットに代わって、失敗の許されない敗者のゲームに変化したとされる。

ここで用語の定義が逆転しているのに注意が必要だ。

いまや株式市場は「敗者のゲーム」だが、それはプレーヤーがアマチュアからプロに代わったため。機関投資家は取引所取引の95%を占めているとされ、個人投資家の活動はノイズにすぎない。

テニスの世界でプロ同士の戦いは「勝者のゲーム」に分類される。しかし証券運用の場合はプロが増えすぎて「敗者のゲーム」になったという解釈になる。

効率的になりすぎた市場の末路

著者が意図しているのは「効率的市場において人為的ミスは発生しない」ということ。

プレーヤーが投資判断を誤ることによって他の人が利益を得られる点では敗者のゲーム。しかしそもそも参加者がハイレベルすぎるので、まともなプレーでは「誰も勝てない」というのが真意だろう。

「勝者のゲーム」は、絶対的な勝利に惹かれるプレーヤーを集めすぎるがために、しばしば自己崩壊する。それはゴールド・ラッシュの惨めな結末にも現れている。

チャールズ・エリス 『敗者のゲーム』

IT技術の進歩も含め、情報共有や取引の速度も大幅に向上した。株式市場は効率的になりすぎて自己崩壊している。これはもはやゲームと呼べるものですらない。

すでにプレーヤーが供給過多なので、個人投資家が新規参入しても売買手数料をむしり取られるだけ。ゼロサムどころかマイナス、ネガティブ・サムなシステムと化している。

勝者/敗者、用語の混乱に注意

「そんな不利なゲームには関わるな」というのがチャールズ・エリスの伝えるメッセージだ。

市場を上回るという「敗者のゲーム」に勝つことは簡単である。そんなゲームに参加しないことだ。市場の現実を踏まえ、自らの投資目的を達成するため、適切な運用基本方針を策定・堅持するという「勝者のゲーム」に集中することだ。

チャールズ・エリス 『敗者のゲーム』

終章まで来ると、「勝者のゲーム/敗者のゲーム」というテニス業界の定義はどうでもよくなっている。問題は投資行為を「敗者のゲーム」から「勝者のゲーム」に変えることではなく、あくまで「敗者のゲーム」である市場に勝つこと。

その意味では単行本の原題”Winning the Loser’s Game” という表現が的確である。もしかすると翻訳の過程でこのニュアンスが抜け落ちてしまったのかもしれない。

勝者/敗者という用語のゆらぎに注意しないと、読んでいるうちに混乱させられてしまう。

コロナショックの最中に思うこと

昨晩2020年3月12日、新型コロナウイルスの影響でNYダウは1987年のブラックマンデーを超える下落率を記録した。

今日の日経平均や各国市場も暴落を続けており、今回のコロナショックはまだ底が見えない。リーマンショック以上の歴史的事件になるのかもしれない。

4年前にこのあたりの本を読んで長期投資を始め、トランプ政権やアベノミクスのおかげで期待以上の収益が上がっていた。そしてこの一週間で含み益はすべて消し飛んだ。

株式以外に債権・不動産、先進国・新興国とバランスよく分散投資していたおかげで、まだ損失は全体の1割程度で済んでいる。今のところは『敗者のゲーム』より『ランダム・ウォーク』の投資方針に従ってよかったといえる。

このまま20年売らずにキープしたとして、株式がインフレ調整後6%以上の年間平均収益率に収束するのかどうかは定かでない。そもそも2000年以降の日本や新興国経済に対しては、本書の仮説があてはまらない気もする。

やはり市場はランダム・ウォーク

コロナウイルスや原油相場急落による大暴落を踏まえて『敗者のゲーム』第7版は出るのだろうか。

著者のチャールズ・エリスは現在83歳。まだ存命のようだが、現役で投資や執筆活動を続けているのかは不明だ。

株価はいずれ過去の平均に回帰して、長期的には予想どおりの収益率に戻るのか。それとも長く低迷を続けて、自分が生きている間は回復しないまま終わるのか…

『敗者のゲーム』の理論を検証するには、まだ長い時間が必要だ。そして老後に失敗だったとわかったとしても、やり直しが効かないのは恐ろしい。

大暴落の後で、投資家がとるべき道は二つある。長期的な政策資産配分比率にまで株式比率を引き上げるか(リバランス)、むしろ株式への配分比率をそれ以上に引き上げるかである。

チャールズ・エリス『敗者のゲーム』

このアドバイスを信じられるかどうか。未来の市場はおそらくランダム・ウォークなので、どういう投資活動をとっても結果はわからない。

少なくとも余計な手数料や税金を払わず「まともな運用をしている」という気休めの安心感を得られる意味では、インデックスファンドの長期保有に効用はあると思う。

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