IT業界で噂の神山町の実態がわかる本『神山プロジェクト』レビュー

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近くの図書館で何となく気になった本をレンタル。市内のメイン図書館は新聞・雑誌だけでなく、ビジネス書から学術書、趣味のハウツー本まで何でも揃っている。

いつかやってみたい田舎暮らしに関連して「観光・地域振興」系の棚を見ていたら、神山町の本が目に入った。雑誌で断片的に読んだことはあるが、何となく長年気になっていた自治体だ。ここ数年、仕事で行政のお客さんに接していると、「神山町みたいにしたい」というコメントを何度か聞いた。

東京で働くより幸せそうに見える神山町の真実

IT系の人であれば、2年ぐらい前から話題になった「神山町」の名前を聞いたことがある人は多いと思う。四国の東の方、徳島県の山間部にある町だが、関西だけでなく東京のIT企業誘致にも成功して、IT地域振興のモデルケースとしてテレビや雑誌に出まくっていた町だ。

都心でせせこましく働くエンジニアとしては、田舎でのんびり暮らしながら、遠隔ワークで都会の仕事もばりばりこなせる、と夢のような環境に思われた。日経ビジネスの記事や新建築で「えんがわオフィス」の特集を読んで、ますます期待が膨らんだが、きっと理想と裏腹の過酷な環境や不便さもあるに違いない。それでもノートPCだけ持って、川辺で水に足を浸しながらプログラミングしたり、地元のパン屋や食堂のコミュニティーで宴会するのは、多少の犠牲を払ってでも実現する価値のある働き方に思われた。

掲載されている地図を見ると、町内におしゃれなレストランや茶屋、最新鋭のITオフィスにシェアスペース、パン屋や歯医者もあって、まるで吉祥寺や自由が丘くらいのおしゃれな街に引けを取らないくらいの賑わいに見える。中途半端な郊外で、モールとパチンコ屋とスーパー銭湯しかないような片田舎よりは、ド田舎だが尖ったショップが揃っている神山町の方がずっと恵まれていそうだ。

理想と裏腹の住民の苦労が垣間見える

そんな期待と疑問にコンパクトにこたえてくれた本だった。端的にまとめると、神山町の写真はきれいで、おもしろそうな住民も多いが、移住した人々へのインタビューでは「楽しいけど忙しすぎる、このままやっていけるかわからない」という結論が多かった。

特にパンの労働環境は、深夜~早朝の仕込みが必要でもともとハードだと思うのだが、さらに薪を割って火をくべる重労働も行っている。それでいて販売価格は地元並みとなれば、傍から見てもまったく儲かりそうに思えない。「そろそろ離婚するかも」なんて語っている人もいる。

空き家再生でリノベーションしたサテライトオフィスなどは、無駄にRC打ち放しで窓も多くて寒さがキツイ、とか言われている。シェアオフィスは1ヶ月7,500円とのことだが、この条件にしては意外と高く感じてしまう。

過去のITインフラ整備、地の利を生かした企業誘致

ITインフラについては、実は徳島県が2000年代に県内全域に光ファイバー網を張り巡らせていて、県民1人当たりの光ファイバー長は全国一という背景があったようだ。一説には都心のメインオフィスよりも回線が速いとも…。

並みのADSL回線であれば、サンサンやプラットイーズがサテライトオフィスを開設するのは難しかっただろう。賃料や人件費は安いがインフラが最高となれば、人の移動とコミュニケーションコストを差し引いても、神山町に拠点を移すのは合理的な選択だったと思われる。加えてオンライン営業主体に切り替えできたのは企業努力の賜物か。

神山町はもともと四国のお遍路の札所で、旅人を接待するオープンな文化があったというのも成功の要因に思われる。普通、外国人とかヒッピーが田舎に移り住むと煙たがられるケースが多いと思うが、神山町は地域住民の心理的なハードルが低かったようだ。

厚生労働省、総務省の補助金もうまく使っている

他にも、厚生労働省の求職者支援制度を利用した「神山塾」という訓練制度が移住者の定着に貢献しているらしい。半年間の期限で月に最大10万円もらえるというので、無職であれば魅力的な選択肢だ。総務省の「地域おこし協力隊」という制度を利用している人もいて、国の補助金をうまく使って人を集めているんだなと感じる。

この本に出てくる人で、バリバリのITベンチャー社長や独立独歩の職人というのは実は一握りだ。他は海外放浪していた人とか、ブラック企業を辞めた人とか、路頭に迷って神山町に辿り着いたという感じの人が結構多い。

移住希望者を選抜して持続可能な人口構成を目指す

アーティスト・イン・レジデンスの取り組みは、他に有名なところもあるが、ワーク・イン・レジデンスとして移住希望者から職人を逆指名するというのは斬新に思われた。「創造的過疎」という造語で語られているが、持続可能な人口構成に積極的に変えていくという発想がおもしろい。もちろん、神山町のようにレジデンスや移住希望者が絶えないという条件が必要だが。

この本を読んで、なんとなく過疎の地域がクリエイティブなアイデアで復活する、一つの必勝パターンをつかめた気がする。この方法がどこまで持続可能かは、これから試されることだろう。もし神山町に観光や視察に行くなら、地図や現地情報も充実していてガイドブックとして携えていくにはおすすめの本だ。