たけしの怪演とハリウッド的翻案が興味深い実写版『攻殻機動隊』レビュー

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攻殻機動隊、GHOST IN THE SHELLのハリウッド実写化作品。1995年の劇場アニメ版への思い入れが強すぎて、予告編を見た感じではいまいち映画館に足を運ぶ気になれなかった。レンタルできるようになったので、一応チェックしてみたレビュー。

(以下ネタバレ)

荒巻以外はハマっている

草薙素子もバトーも外国人の役者がそれっぽく決まっているが、なぜか荒巻役はビートたけし。しかも日本語でしゃべっていて強烈な違和感がある。髪型もBack to the Futureのドク博士にしか見えない。

少佐役はアイアンマン2やアベンジャーでのアクションが冴えまくっているスカーレット・ヨハンソン。95年版オリジナルアニメの中性的なサイボーグっぽさがよく出ている。むしろ日本人が演じるより本物っぽいといえるかもしれない。

オウレイ博士はジュリエット・ビノシュ。いまだに舌を噛みそうで発音できないクシシュトフ・キェシロフスキ監督のトリコロール3部作やゴダールの作品にも出ていて、意外な組み合わせに思われる。

少佐の母親役でありつつ、マッドサイエンティストとして人体実験に協力してしまう複雑な役回りをうまく演じている。銃弾で割れたガラスに映りながら、スローでくずおれる死に際が優雅に見えるのは、この女優ならでは。

たけしのおかげで、荒巻は頭脳派の官僚からヤクザの親分に成り下がってしまった。ハンカ社からの刺客を返り討ちにするシーンでは、もはや荒巻もサイボーグだったのかと思われるほど強い。

「キツネを狩るのにヒツジをよこすな」と、決め台詞を履きながら止めを刺し、リボルバーからジャラジャラと薬莢を輩出する。もはやどちらが悪なのかわからないくらいの凄みを発揮している。

トグサもアジア系の俳優だが、なぜか目つきが悪く刑事というよりチンピラのようだ。これでアニメと同じく金髪だったら、たけしの荒巻より目立っただろう。イシカワやサイトー、ボーマもいたようだが、影が薄くて思い出せない。

原作通りだとチームが男臭すぎて不評だったのだろうか。バトーとボーマとサイトーは見た目もかぶっている。出番は少ないが、9課に女性隊員も増えていた。

原作アニメへのオマージュ多数

バトーは当初、義眼でないのはおかしいと思ったが、作中の事故で義体化するエピソードが描かれている。少佐の名前はミラ・キリアンになっているが、実は義体化前の本名が草薙素子だったというオチがある。

『イノセンス』の犬までそっくりなのが登場して、スラム街の水たまりで光学迷彩を用いた格闘シーンや四足歩行戦車とのバトルも再現。細かいところでは、指先から触手が複数出てキーボードを高速にタイピングする、あの笑える義体の活用法まで実写化されている。

アメリカの攻殻機動隊は、原作映画をリスペクトしつつも新たなハリウッド的要素を加えたシナリオになっていた。『ブレードランナー2049』のように、オリジナルを知っているファンなら芸の細かい演出に唸らされる。20年前のアニメ作品を知らなくても、単純にSFアクション映画として楽しむこともできる。

ハリウッド的シナリオ改変

オリジナルでは、最終的に少佐が人形使いの「プログラム」と融合して高次の生命体になるという難解なシナリオだった。実写版では、少佐が実は悪徳企業ハンカ社の人体実験における被害者であり、同時に改造された旧恋人のヒデオ、9課のメンバーと共闘して社長を倒す単純なストーリーに変わっていた。

ヒデオの元ネタは『ニューロマンサー』に出てくる忍者の名前だろう。当初は敵役のハッカーとして少佐をしのぐ能力で圧倒するが、実は少佐製造前のハンカ社の実験作で、廃棄前に脱走した完全義体である。実験の犠牲者だが、ハンカ社への復讐のためには殺人もいとわない、ダークサイドに堕ちたヒーローとして描かれている。

電脳戦でのウイルスや爆弾のトラップを使って少佐を殺しにかかるのは不自然に思われたが、昔の恋人素子と気づくのは中盤からなのだろう。二人とも、無法地帯の廃屋で暮らしていた不良少年少女だが、ハンカ社の被害者とはいえ特に大義があったようには思えない。実は母親が人身売買でしたとか、別の陰謀でスケープゴートにされたという筋書きの方がおもしろい。

結局、ハンカ社の社長がクレイジーな殺人鬼で、自ら戦車を操り格闘したうえ、最後は荒巻に銃殺されるというオチだった。国策企業のようだが競合他社もいるようで、アニメ版ほど義体化の技術も世の中に浸透していないようだ。

経営難の末、非合法的な手段で入手した少年少女から脳を取り出していたと考えれば納得も行く。社長も義体化して少佐と肉弾戦というラストでないだけ、まだましだった。

何となく”All You Need Is Kill”の実写化と似ている。あちらもアルファ・オメガというエイリアン的なクリーチャーが登場して、マンガ版で描かれたケイジとリタの果し合いなど、つらいラストは出てこない。

バッドエンドやメタフィクションを回避して、都合よく仕立てられた悪役が派手な格闘で倒されるというラスト。GHOST IN THE SHELLもハリウッド的なカタルシスでうまく締めくくられている。

ゴーストの同一性は疑われない

改造される前の素子の活動や、9課のミッションというのは明確に描かれない。どちらも「仲間は大切」という道徳観だけで、最後まで貫き通した感じだ。偽の記憶やゴーストのアイデンティティーという、攻殻機動隊の重要テーマは実写版でも踏襲されている。

脳だけになってもゴースト=魂の同一性だけは疑わないというのが、攻殻機動隊の特徴かもしれない。フィリップ・ディックの小説なら、少佐以外も全員サイボーグだったなんてオチになりそうだ。

冒頭の義体が組み上がる製造ラインの描写は、ビョークのPVや『ブレードランナー2049』など、いくつもの映像作品で引用されて既視感が強い。外骨格に直接脳を収める描写があるが、あらためて考えると義体の運動性能で脳震盪を起こさないのは不思議である。アイアンマンの鋼鉄のスーツの中でも、トニー・スタークが無事でいられるはずはない。

少佐は時限爆弾や戦車のロケット弾で幾度となく吹っ飛ばされ瀕死になる。義体は修復できるのでいいとしても、軽く意識を失うだけで「脳が無傷」というわけにはいかないだろう。

川井憲次の謡も出てくる

攻殻機動隊のテーマ曲、川井憲次の”謡”は冒頭でなくエンディングに出てくる。

ARISEのサントラもコーネリアスだったし、攻殻機動隊はどの作品も音楽が素晴らしい。作品から連想されるありきたりのテクノでなく、スローテンポな民謡と和太鼓というのが今でも未来を感じさせる。95年アニメの不思議な世界観は、この曲の存在感によるところが大きい。

謡のMakaiドラムベース版

ドイツのMakaiというDJが、”謡”をアップテンポのドラムンベースにアレンジしている。1998年発売、”Millennium”というアルバムの1曲目”Beneath The Mask”。当時のCDに同梱されていた映像をYouTubeで見られる。

映像に出てくる二足歩行ロボットは、特にアニメとは関係がない。当時のCG技術を駆使した、いかにもVJっぽいエフェクトが懐かしい。

実は攻殻機動隊の映画を観る前にこのCDを持っていて、「あ~が~まえば~」と日本語のように聴こえる変な歌詞だと思っていた。”謡”のオリジナルもありだが、こっちの方が素直にSFアニメに合う気もする。

bandcampでさらなる別バージョンのリミックスも聴ける。