オーデマピゲと池田亮司、東京ミッドタウンの展示レビュー

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東京ミッドタウンで行われていた、オーデマピゲの展示「時計以上の何か」を見てきた。Audemars Piguetといえば、パテック、ヴァシュロンと並ぶ世界三大雲上ブランドのひとつ。およそ庶民には縁遠い存在だが、展示自体は無料で入れて楽しめた。

時計とは特に関係なさそうだが、池田亮司の新作インスタレーションも観賞できた。さらにメルセデスmeのカフェで、おいしいカフェラテまで無料でいただくことができた。

手の込んだプロモーション

ここ1か月の間、日経新聞で3回は広告を見た気がする。ページ方の方にカラーで大きく出ていたので、これだけで数百万の広告費がかかっているのではないかと思われる。

会場はミッドタウンから少し離れた芝生広場とはいえ、あれだけ大規模なパビリオンを2週間にわたって維持している。高価な宝飾品を展示しているので、警備や保険の費用も相当なものだろう。海外の時計ブランドで、ここまで手の込んだキャンペーンを打ってくるのもめずらしい。

国内ブランドでグランドセイコーくらいなら、背伸びすればまだ手が届く価格帯。しかしAPのような雲上ブランドともなれば新品で200万は下らない。ミニッツリピータやトゥールビヨンが組み合わされた複雑時計だと7千万もする狂気の工芸品だ。

中古で売買するならともかく、世の中大半の人には一生縁がないというか存在すら知られていないブランドといっても過言でない。雑誌や新聞広告ならまだしも、手間をかけて六本木にパビリオンをつくる意味はあるのだろうか。

高級時計の広告戦略

機械式時計は職人の手作りで、製造原価はそこそこかかると思う。しかしこのクラスになると定価の大半は広告費だろう。通貨と同じで、皆が価値を信じることによって価値が支えられているネズミ講のようなものだ。

ゴールドやプラチナといった貴金属が使われているので、高級時計は本位貨幣に近い資産価値がある。しかし中身は額面価値と等価でなく、ブランドのイメージによって価格が底上げされている。まさに、時計(という実体)以上の何か…

メーカーとしては、ひたすら広告を打って消費者に訴求するのが正攻法といえる。テニスやサッカーの国際試合でスポンサーになったり、有名人に着けさせてメディアに露出するのは常とう手段だ。

パビリオンの構成

展示施設はミッドタウンの裏側道路を渡った先に設置されている。ショッピングフロアからは横断歩道かブリッジを通してアプローチしないといけないので、少々わかりにくい。屋外庭園の中でも21_21ギャラリーがある場所よりさらに奥だ。

正面には黒塗りの壁に仰々しい階段が設置され、黒服のお兄さん・お姉さんが待ち構えている。中に入るには階段を2メートルくらい上らないといけないので、それだけで心理的・物理的なハードルも上がる。

オーデマピゲの展示パビリオン入口

ブランドの格式を、文字どおり「敷居の高さ」で表しているようだ。小さい入口から茶室に入るイメージで、気持ちを落ち着かせて心の準備をさせる効果はある。スタッフはいたって親切なのだが、黒服の人たちに見守られながら階段を上り下りするのは緊張する。

表向きは古代遺跡のようだが、ファサードの後ろはごく普通の仮設テントだった。ミッドタウンの上層階から見下ろしてみると、全体構造がよくわかる。

オーデマピゲの展示パビリオン全景

エントランスの第一印象で高級感を演出して、中に入ればお化け屋敷(展示がメインで建築はどうでもいい)。仮設のパビリオンにふさわしい、割り切った合理的な構成だと思う。

展示室の内部空間

パビリオンの内部では、正面壁の裏側に池田亮司の映像作品が投影されている。不穏な電子音が気になりつつも、順路としてはまず中央部分の展示スペースに向かう。

時計の構造を模したような円形のレイアウトで、周囲に配された小部屋には歴代モデルやムーブメントが展示されている。中央に作り物っぽい岩が置かれ、壁に苔が貼りつけてあるのはスイスの渓谷をイメージしたのだろうか。

オーデマピゲの展示パビリオン内観

ここはテーマパークのようで、少々チープなデザインに見えなくもない。建築とインテリアはそこそこ、やはり主役は時計の展示だ。

キャリバーの分解展示

円形の小部屋を時計回りにまわる。最初の部屋に展示されているのはキャリバーの部品で、最新の自動巻きCal.4302などが出展されていた。機械式時計の展示としてはオーソドックスだが、めずらしくブレスレットを分解したものも展示されている。

オーデマピゲのキャリバー4401クロノグラフ

時計の金属ベルトも、このクラスのブランドになると磨き方や精度が半端でないと聞く。個人的には軽い革やナイロンベルトの方が好みだが、滑らかな表面加工を見ると手首に吸い付くようなフィット感が想像できる。

ロイヤルオークのブレスレット

ソリッドなステンレスの素材感が売りのロイヤルオーク。数百万もする時計のブレスレットともなれば、腕の毛が挟まってチクチク痛むようなことはないのだろう。

歴代の名作コーナー

続く小部屋では18世紀の懐中時計が展示されている。セイコーミュージアムに出ている明治期のものより古いモデルだ。現在の腕時計よりサイズは大きいが、内部機構としては200年前からほとんど変わっていない。

オーデマピゲの懐中時計

展示室では徐々に時代をたどって、戦前・戦後の代表作から現行ラインアップの最新製品まで実物が展示されている。文字盤のデザインや数字のフォントを見ると、セイコーのプレサージュやノモスにそっくりなモデルも出てくる。

歴史的な経緯としては、後発ブランドがかつての名作を参照しながら再構築しているのだろう。ダイヤルの直径やケースの厚みにバリエーションはあるが、時計の文字盤というフォーマットは長年安定している。表面的なデザインのアイデアも出尽しているようにも見える。

薄型の手巻きは置いていない

できればCal.21やCal.2003が搭載された古い手巻きの薄型時計を見たかったが、2針でバーインデックスのモデルは展示されていなかった。超高価なコンプリケーション時計と2019年の最新作。あとはひたすらロイヤルオークのバリエーションが主力だ。

90年代より前のモデルなら、ケースは小さめで中古の流通価格は20万~くらい。雲上クラスとはいえ、古くて地味な型番を選べば手が届かないこともない。AUDEMARS PIGUETのロゴも現在のエッジが立ったフォントより、前世紀の小ぶりなサンセリフ体の方が好みだ。

オーデマピゲ=ロイヤルオーク

いまやオーデマピゲといえばロイヤルオークといえるくらい、ブランドのアイコンになってしまったこのモデル。

1972年にリリースされたときは革新的なデザインだったと思うが、いまとなっては文字盤の凹凸がちょっと古めかしい。50年も続いているロングライフデザインとしてリスペクトする一方、あまりに有名すぎて着けるのが気恥ずかしいシリーズともいえる。

歴代ロイヤルオーク展示

現行製品は軒並み直径40mm以上なので、がりがりの細腕にはまったく似合いそうにない。ケースの前面にビスが出たデザインがよければ、IWCインジュニアのアンティークくらいで十分な気がする。初期モデルはサイズ感も穏当だ。

40年前の小型ロイヤルオーク

歴代ロイヤルオークの中では、70~80年代のレディースや小ぶりの角型ケースなら着けられなくもないと思う。30mm前後のサイズだと稀にクオーツのモデルも中古市場に出回る。高級ブランドの機械式はOH代も高いので、クオーツの方が扱いやすくていいかなと思う。

しかし実物を見てみると、角型ケースに柄入り文字盤という組み合わせは、いかにも昭和のサラリーマンという印象だ。80年代頃のセイコードルチェやクレドールの角型を連想させる。街中で着けていても、APのロゴがなければ十中八九、安物としか思われないだろう。

80年代の角型ロイヤルオーク

ノモスのテトラくらい完璧なスクエアフォルムなら現代的に感じるが、中途半端な八角形のケースはおしゃれに見せるのが難しい。楕円形のパテック、ゴールデンイリプスも然り。

この手の変形ケースを身に着けるなら、世の中大勢の人にはダサいとみなされつつも、一握りのマニアに自慢できればいいという覚悟が必要とされる。シニアの年齢になるまでは、手を出さない方が無難だと思う。

ダイヤルに模様を掘る工程の実演

時計の展示以外で見ごたえがあったのは、文字盤に彫刻を施す機械の実演だ。1時間くらいかけて、円形のダイヤルにクル・ド・パリの凹凸とAPロゴを刻み込んでいく。

オーデマピゲの工作機械

2つのパターンが掘られた原版を3次元的にスキャンして、金属の地板に縮小転写するようだ。機構はアナログなので、よく観察すれば仕組みがわかりそう。時間があればずっと眺めていたい魅力的な展示だった。

オーデマピゲの文字盤

本番用の工作機械はスイス本国から持ち出せず、金属素材は貴金属ではなくブラスとのこと。今回の展示のための純粋なデモンストレーションだろう。そもそも振動の多い仮設パビリオンの床上では、精度を出すのが難しいらしい。

池田亮司の新作インスタレーション

オーデマピゲとはあまり関係なさそうだが、池田亮司のインスタレーションも展示の見どころといえる。小部屋で上映されている時計をモチーフにした横長の映像作品がひとつ。そして出口の壁に映された”date-verse”の最新作だ。

ムーブメントの各種パーツをワイヤフレーム化した映像は、複雑な機械式時計の世界観をよく表している。アーカイブというよりあくまで雰囲気だけの演出だが、映像編集には相当手間がかかっていそうだ。

オーデマピゲの映像インスタレーション

大画面のdata-verseは今年のヴェネチア・ビエンナーレにも出展されている大作なので、完成度は高い。池田亮司は作曲家だと思っていたが、こんなすごい映像もつくるのかと驚いた。作品のクレジットを見ると、案の定CG部分は平川紀道など、著名なアーティストの協力がうたわれていた。

池田亮司のdata-verse

アルゴリズム生成したワイヤフレームと電子音の組み合わせとしては、もはや王道的なインスタレーションといえる。カールステン・ニコライの作品を3次元にしたような感じ。

ライゾマティクスの活動で広く商業ベースで見かけるようになったこのフォーマットも、古くは池田亮司あたりの大御所が開拓してきたのだなあと実感した。

子どもたちの遊び場と化す会場

しばらく床に座って映像を見ていると、まわりに子ども連れのお母さんが多いことに気づいた。カーペットが敷かれた薄暗い空間は、どうやら格好の遊び場と認識されたらしい。

オーデマピゲの高級時計と池田亮司の映像を前にして、「ママには難しくてわかんないな~」と言いつつ子どもを遊ばせている状況がすごい。パビリオンの中は泣き声と騒音でカオスになっていた。

確かに六本木のあたりで、子どもを安全に遊ばせられるパブリックスペースは皆無といえる。入場無料の施設でこんな使い方を開拓しているお母さんが一番クリエイティブだと思った。

子どもたちが50年後くらいに時計を買ってくれたら、ブランドとしてはOKだろう。スイスの老舗メーカーとしては、そのくらい息の長い宣伝効果も計算済みなはずだ。

メルセデスmeのカフェにご招待

受付でAPのLINEアカウントをフォローすると、近くのメルセデスmeで使えるドリンクチケットをもらえた。ミッドタウンを出て乃木坂駅に向かう途中にベンツのショールームがあり、併設されているカフェで無料のドリンクと交換できる。

メルセデスmeの無料ドリンクチケット

オーデマピゲからメルセデスに誘導するという、いかにも富裕層狙いのサービス。500円近くする大盛りのカフェラテをありがたくいただいた。

この通りにはスタバやドトールのようなチェーン店がなく、ミッドタウンの高級カフェに入らないとお茶が飲めない。そのせいか、メルセデスのカフェはビジネスマンの打合せやノマドワーカーでかなり賑わっていた。

乃木坂のメルセデスmeカフェ

国立新美術館とサントリー美術館、21_21 DESIGN SIGHTやTOTOのギャラリー間あたりをはしごするには、格好の休憩スポットといえる。コーヒーの値段はスタバより高いが、せいぜい猿田彦珈琲くらい。乃木坂にあるメルセデスのカフェはミッドタウン散策の穴場とわかった。