建築業界人必見の映画『パーフェクトワールド』公開初日レビュー

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8月に観た『オーシャンズ8』は出演女優の年齢層が高すぎて噴飯物だったが、冒頭で興味深い予告編が出ていた。

「一級建築士とインテリアコーディネーターのラブストーリー」…建築家主人公のフィクションが好きなので、これは見逃せない。楽しみにして10月の公開初日に観に行ってみた。

日本建築士会連合会が試写会まで実施している公認映画。業界にたずさわる人は必見といえる。玄人向けというより、どちらかというと「一般の人に建築士がどういうイメージでとらえられているか」を知るのに役立つ。

念のため断っておくと、『パーフェクトワールド』はケビン・コスナーが出てくる90年代の映画ではない。あとから原作マンガも読んでみたが、特に古い同名映画に対するオマージュ的要素は見あたらなかった。

(以下ネタバレ)

ミュージカルではなかった

正直、キャラクターの職業設定以外は映画としてまったく期待していなかった。配給元がLDHなので、最初は『HiGH & LOW』のようなミュージカル(?)かと勘違いしていた。

さいわい今回のヒロイン杉咲花は本業の女優だったようで、昔の蒼井優のように初々しい。ストーリーや世界観は真逆だが、出てくる男の子と女の子が『”リリイ・シュシュのすべて”』と似ている。

E-girlsは歌だけの出演でよかった。しかもエンドロールでちょろっと流れるくらいなので、思った以上に露出は控え目。『君の名は。』みたいに、劇中やたらと歌謡曲が流れる最近の映画には、ちょっとついていけない。

主演の岩田剛典君は慶応大出身、EXILEきっての秀才エリート。HiGH & LOWの演技もまだましな方だったと思う。本作での車椅子生活には念入りな監修が入っているようで、スロープのないレストラン入口で苦労する様子など、細部までリアリティーが追及されている。

思わず泣ける建築士の合格シーン

平日金曜のイオンシネマは公開初日でも人入りはまばら。最近イオンの株主優待が改良されたおかげで、曜日に関係なく無料ポップコーン付きオーナーズ1,000円で映画鑑賞できるようになった。

広いシアターで15人くらいいるお客さんのうち、男性は自分ひとりだった。中盤から、後ろの女性陣3名くらいが涙腺崩壊してすすり泣きが止まらない。「えっ、これのどこで泣けるんだ?」と不思議に思った。子猫がかわいかったのだろうか。

一方、主人公が一級建築士の合格通知を受け取る場面で、自分も思わず涙してしまった。きっと車椅子に製図板をくくり付けて、総合資格や日建学院の予備校に通ったのだろう。その苦労を察すると泣けてくる。

恋愛映画の王道的プロット

映画としてのプロットはベタである。想像通りのストーリー展開なので、特に突っ込む要素はない。

  1. 仕事の絡みで初恋の高校の先輩と再会、同業者なので最初からウマが合う
  2. 元カノやヘルパーさん、別の同級生など、適度にライバルが出てきて賑やかす
  3. 両親の反対により、いったん破局と見せかける
  4. とある事件をきっかけに親にも認められ、よりが戻って結婚

もし脚本に手を加えるなら、「手術が失敗して彼氏死亡、主人公の女の子が遺志を継いで一級建築士を取得し、念願だったコンペを射止める」…こんなストーリーにしてみたい。趣旨が変わってくるが、ニューヨークが舞台のハリウッド映画なら、きっとこうなる。

こんな職場&上司と働いてみたい

24歳のつぐみちゃんが勤める、クランベリーズというアイルランド風のインテリアデザイン事務所は、かっこよすぎてVOGUEのようだ。職場の先輩も美人ぞろいで、建築士よりインテリアプランナーの方がうらやましく思われる。

設計事務所の男の子に比べて、女の子の「インテリアがんばる」感があまりアピールされなかったのはちょっと残念。画家になる道を諦めて、仕方なくインテリアで飯食ってる風だった。できればデザイン事務所にもミランダ編集長みたいなカリスマ上司を登場させて、仕事面での成長も描いてほしかった。

対する鮎川君の設計事務所は、スタッフ10人くらいいそうなそこそこ大きい中堅組織。おしゃれヒゲの若い同僚に、アロハシャツを着た人情味あふれる上司(シーラカンスの小嶋さんにちょっと似ている)。少なくともスーツや作業着姿で3Kを連想させる職員は出てこない。さすがに車椅子で免除されているのか、ヘルメットをかぶって現場に行くようなシーンもなかった。

エンドロールに協力した事務所の名前がいくつかクレジットされていたが、見覚えがなくピンとこなかった。

建築士の試験元が協賛?

ラストの協賛に、公益財団法人建築技術教育普及センターのような名前が見えた。ある意味、試験元がEXILEと結託して、業界のイメージアップを図ったプロパガンダ映画といえる。

年々減少する建築士受験者数に歯止めをかけるため、「建築士の仕事はこんなに素敵ですよ」という脚色が随所に散りばめられていた。大学の専攻科目や進路を決める青少年にとって、この手の映画の影響はあなどれない。

パースも図面も手描き

野暮ではあるが、映画の中に出てくる建築士の生活で違和感を覚えた部分を挙げてみよう。まず、設計事務所や自宅にドラフターが出てきて、コンペのパースも手描きで書いている。

今どき自分の部屋に、巨大な製図板を置いている建築士はどのくらいいるのだろう。少なくとも20代の若者が、芯ホルダーでパースを描いている様子は想像しがたい。しかし序盤の重要局面である、病院で苦しみながら徹夜でパースを仕上げるシーンは、ノートPCでカチカチやっていては絵にならないのだ。

一般の人が建築士に期待するロマンチックなイメージが、出てくる道具類に集約されている。「鉛筆はカッターで削る」「パースを下書きするのはシャーペンでなく芯ホルダー」など。

二人が付き合い始めてから、鮎川君がプレゼントを出してくる。長細い箱を見て、思わず中身は製図用のシャープペンシルでないかと想像してしまった(実際はあたりさわりないネックレス)。

一瞬だけ事務所でCADを操作している場面も出てくる。UIがダークトーンのしゃれた感じで、間違ってもJW-CADとかSketchupではなかった。協賛がDELLなので、MacBookは出てこない。スペック的にGPUを搭載しているはずだが、ゲーミング仕様の派手なALIENWAREだと違和感あるのか、見た目はワークステーションのPrecisionぽかった。

今どき絵具でパースを描いても佳作どまり

設計事務所では、もれなくスチレンボードで模型をつくるシーンも出てくる。一級建築士の製図試験に出てくる「小都市に建つ美術館」的な公共建築コンペで、サントリーミュージアムのような逆円錐型のホールがある。間違っても介護老人保健施設とか、勾配屋根のものつくり体験施設ではない。

鮎川君が下書きして力尽き、川奈ちゃんが着彩して仕上げた愛の共同パース。まさか絵の具でこんなに塗るのか!?という立体感ある植栽・点景は必見だ。さすがに表現が時代遅れだったようでコンペは佳作で落ちてしまうが、何かしらJVで協業するようになったらしく、ストーリーのお膳立てが整う。

建築士なのにお金持ちな理由

劇中、車椅子バスケをしている体育館に目黒なんとかと書いてあり、見覚えのある風景からすると中目黒~代官山付近でロケしているように思う。

たびたび出てくる主人公の済むマンションはアイランド型のキッチンがあり、広さとスペック的には家賃20万以上する恵比寿の高級賃貸という雰囲気だ。とても新米所員の安月給で住めるとは思えないが、これにはいくつか理由を推測できる。

  1. 鮎川君の実家はお金持ち
    長野の高校の同窓会が、アパホテルの宴会場とかじゃなく御三家並みの高級ホテルで行われている。参加している同級生のドレスもみな豪華。鮎川君がしきりに見せびらかす、トノー型のごつい時計がリシャールミルだとすれば推定価格150万円。
  2. 交通事故の慰謝料と障害年金
    大学3年生のときに交通事故で脊髄損傷したことになっている。自転車対車なので、ぶつかり方によって1~2割は過失相殺があるとしても、後遺症の等級的に保険会社から数千万はもらえたはず。障害年金1級と合わせて、目黒や恵比寿の億ションを借りるのも不可能ではなさそう。

鮎川君が入院する病室も、リハビリ時代は相部屋っぽいが、その後は基本的にサービスが手厚い角部屋・特別個室という感じだった。

主人公のファッション

ついでに鮎川君のファッションもチェックしてみる。

基本的に高校時代のバスケ部シーンと、入院・リハビリのときはTシャツだが、それ以外は基本的にきれいめシャツ着用。デートのときは白シャツで、事務所の作業時はシャンブレー地のワークシャツを使い分けるなど、さりげなく芸が細かい。

どのあたりだったか忘れたが、スタンドカラーシャツも漏れなく出てきた。前世紀の建築家アイコンとして大流行した襟なしシャツ。有名建築家や大学教授がまとえばさまになるが、学生が真似すると寒々しい、着こなしが難しいアイテムだ。

ワンシーンだけ、ほんのアクセント程度にバンドカラーで登場させ、しかも色付きのチェック柄で出してくるセンスはさすが。ほかは無地で明るい色のシャツ、ときどきボーダー柄のカットソーを着て、ボトムはベージュやカーキのパンツを合わせる。

このシンプルファッションなら、ユニクロや無印良品でも十分真似できそうに思う。さわやか建築士を目指して、ぜひ見習いたい。

適度に盛り上げる脇役たち

同窓会にもう一人出てくる噛ませ犬の同級生が、システムエンジニアの是枝君。「電話するタイミングが絶妙」という稀有な才能を持ちながら、いまいち最後まで粘り切れない。

「オレは是枝、タイミングだけは良い男」…原作マンガでは扱いが異なるのだが、スーツ姿にいかにもテッキーな3wayのブリーフケースを背負っていたり、ステレオタイプなビジュアル的差別が著しい。

どう見比べても車椅子の建築士の方がイケメンだが、10年後に稼いでいるのはおそらく是枝君の方だ。映画では、あくまでフリーで夢のある建築士を引き立たせるための脇役として描かれている。

中盤から美人ヘルパーの長沢さんが登場するのは想定外だった。2人が車で長野に帰るシーンの会話で伏線が張られていたが、ついマッチョな作業療法士が思い浮かんで、ホモセクシャルな方を連想してしまった。

年齢差はあるが見た目は負けていないので、もっとぐいぐい攻めてくるのかと期待してした長沢さん。結果的には、障害のある恋を応援してしまう良識ある年上のお姉さんだった。そしてこちらも原作を読むと、是枝君と似たようなライバルとして描かれている。映画初見で感じた妙に中途半端なポジションは、マンガ版の影響を引きずっているのだろう。

主人公の元彼女ミキ先輩も、序盤の結婚式でフェードアウト。エンディングの結婚式にいるかと思ったが見当たらなかった。建築系長野県民の結婚式といえば、アントニン・レーモンド設計の軽井沢高原教会と相場が決まっている。2回ともそこには見えなかったがロケ地はどこだろう。

映画を振り返ってみると、恋のハードルを「車椅子生活」にフォーカスするため、人間関係的な揺さぶりはほとんどない。強いて言えば朴訥なお父さんがちょっかい出すくらいだが、自分が脳梗塞で倒れるとあっさり降参してしまう。

せっかくの横浜でコスモワールド…

主人公がいったん別れ話を切り出すのが、何ともさえない横浜コスモワールド。建築カップルなら、せめてFOA設計の大桟橋国際客船ターミナルあたりでデートさせればよかったと思う。斜面が多すぎて、車椅子的に厳しいと判断されたのだろう。

大桟橋の屋上でゴロゴロしようと思ったら、ウッドデッキのささくれが刺さって女の子「痛っ!」とか。

代わりに選ばれたのは、夜景以外とくに風情がないコスモワールドの観覧車。隣にある佐藤可士和のカップヌードルミュージアムもビジュアル的にはありだが、企業宣伝色が強すぎてNGだろう。

ほかに映画で出てくる建築作品っぽいシーンは、2人がデートする美術館くらい。あとで調べたら、埼玉県の吉見町にある「フレサよしみ」という施設らしい。どうやら映画の冒頭に出てくるコンペ案はこれが元ネタのようだ。

建築関連の小ネタ

映画の中の細かいところに目を向けると、高校時代の鮎川君が図書室で読んでいる難しそうな本のタイトルは『建築の多様性と都市論』。ロバート・ヴェンチューリのパロディっぽいが、長野のセレブな私立高校にはこのくらい常備してあるのだろう。

ここで主人公に読ませるなら、『”建築MAP東京”』とか『”図解雑学建築”』あたりの方が親近感を覚えるところ。高校生の頃からヴェンチューリを読んでいたら、ちょっとすごい。

ちなみに鮎川君が体育館で拾った子猫につける名前は(丹下)ケンゾウ。安藤忠雄の愛犬がコルビュジェなのは有名だが、ここで日本人の建築家を持ってくるところが渋い。一般的な知名度からすると無難なチョイスともいえる。

原作・テレビドラマも見逃せない

主人公が車椅子の施主に対して、バリアフリー住宅のポリシーを語るシーンがある。映画公式サイトのプロダクションノートを読んでいたら、車椅子の建築士、阿部一雄さんにインタビューしたらしい。

障害者・高齢者向けのバリアフリー住宅やリノベーションは、建築業界でもホットな話題だ。障害をテーマにした建築家とクライアントとの関係性、ビジネスとして説得力を持たせているのが『パーフェクトワールド』の見どころだろう。

映画には出てこないが、マンガ版の25話にいいエピソードが出てくる。障害を持った奥さんが「亡くなった後の」改修案も含めてプランを提案するのだが、ここは泣かせどころのひとつ。よほどの信頼を得ていなければ、設計側から切り出すのは難しい話だ。

恋愛映画としてだけでなく、ヒューマンドラマとしても展開できそうな原作だと感じた。自分は映画の方から入った口だが、マンガの方も十分読みごたえある。そして2019年4月からテレビドラマも放送予定とのことなので、これは見逃せない。