経済成長を前提としない生き方~平川克実『移行期的混乱』レビュー

西村佳哲著『自分をいかして生きる』のあとがきで紹介されていて、興味を持った本。著者の平川克実は文筆家で大学教授だが、それよりも実業家として知られているようだ。かつて神田にあったリナックスカフェの代表でもあったらしい。

戦後日本の労働史・精神史といった内容だが、ところどころに会社経営者らしいコメントやエピソードが挟まれるのが特徴といえる。人口減少にともない、もはや経済成長が続かなくなった時代に、どうやって個人・会社が生き残っていくかというテーマが議論されている。

移行期的混乱―経済成長神話の終わり (ちくま文庫)

移行期的混乱―経済成長神話の終わり (ちくま文庫)

平川 克美
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結論から言うと「結論はない」。著者も本の中で断っているとおり、具体的な解決策というものは提案されていない。ただ「右肩上がりを前提とした考え方ではもうダメだ」という批判が、人口統計や自殺者・倒産数の推移をもとに繰り広げられているだけである。

その意味では「つまらない本」とも言えるが、「人生100年時代」という流行語をつくった『ライフ・シフト』とは真逆の諦観に達しているところが興味深い。「成長しなくてもやっていける戦略」というキャッチコピーに、なんとなくワクワクできる人は読んでも損はない。

民主化と人口動態の相関関係

本書はエマニュエル・トッドの『文明の接近』や『帝国以後』がもとになっている。著者が着目したのは、「各国の識字率の進展と、人口動態の間には強い相関関係がある」という点。より具体的には、「民主化の進展、教育の普及、識字率の向上、女性の社会的な地位の上昇という一連のプロセスと出生率の関係には、負の相関関係がある」と説明されている。

晩婚化・未婚化の原因として、「女性の社会進出が進んだ(結婚しなくても暮らしていけるようになった)」というのは『超ソロ社会』の本でも指摘されていた。どうやらこれは日本固有の問題でなく、「民主主義が広まると人口が減る」という世界共通現象の一部であったようだ。

この仮説によれば、人口を増やすには女性を差別したり、国民の所得や教育レベルを下げたりすればよいのかもしれない。もちろんそれは現実的でないし、歴史的に実証された方法でもない。

人口減少は必然かつポジティブ

以下の批判は的を射ている。

経済の再興のためには、出生率を上げる必要がある…(中略)…あるいは人口を維持することが経済成長の条件であるといった議論は本末転倒の議論だと言わざるを得ない。

『移行期的混乱』

政府が女性の社会進出を促進しながら、出生率も上げようと画策するのは矛盾しているというわけだ。そして著者は、いずれ社会構造や人々の考え方が変わって、人口動態が平衡を取り戻すと予測している。

逆説的に聞こえるかもしれないが、むしろ人口が減り続けることだけが、人口減少を食い止めることができるのだとわたしは考えているのである。

(中略)

わたしは、人口が減少すること自体は、問題なのではなく問題の解決なのだと考えている。

『移行期的混乱』

そう考えると人口調整とは必然的であるばかりでなく、無理な成長戦略がたたって生きづらくなってしまった世の中を変える、ポジティブなソリューションとも考えられる。

少なくともグローバリゼーションの進展と同じく、先進国で人口が減るのは移民でも受け入れない限り不可避。ならば、はなから人口が減り続ける前提で撤退・縮小戦略を描いた方が現実的といえる。

不合理な労働エートス

著者は戦後、大田区の工場街で生まれ育った。その頃の「貧しいが希望があった」時代へのノスタルジーが何度も語られている。

その後、1960年の池田内閣「所得倍増計画」が成功しすぎて、勤労者世帯実収入は倍増どころか10倍になってしまった。日本人の生活意識が「労働」中心から「消費」中心に変わってしまい、ついには「金銭一元的な価値観」(功利主義、プラグマティズム)に収斂してしまった。

会社のためでもない、家族のためでもない、社会のためでもない。ただ、目の前の機械、加工を待つ鉄の塊、目の前の「仕事」がなにものかからの召命であるかのように、徹底的に取り組み、没頭する日々。

『移行期的混乱』

年功序列・終身雇用という制度にも良い面があったのだろう。こういう職人的労働観は、今でも少しは残っているように思う。

少なくとも無私な気持ちで働く姿が理想として、国民の間で共有されていることは間違いない。著者がマックス・ヴェーバーになぞらえて「(不合理な)日本的労働エートス」と呼んでいるのは腑に落ちた。

明確な宗教概念はなくても、確かに日頃から「いい仕事」をしたいと考えている。もし対価はもらえてその手ごたえが得られなかったら、冒頭に挙げた西村佳哲さんの言葉では「疎外されている」と感じることだろう。

労働と貨幣の等価交換(labor)だけだとモチベーションが続かない。一方、キリスト教的な天職(calling)という考え方は美しくても、稼げなければ家族を養えない。おそらくそのバランスが大事なのだと思う。

零細企業が生き残る方法

「本書で問題の解決策らしいものは出てこない」といいつつも、少しだけヒントのようなものが提案されている。中小・零細企業が生き残る術としては、

  • 人件費を抑えて、最低の採算ベースまでダウンサイジングすること
  • 同業他社と連携して仕事や資金を融通すること
  • 規模の拡大より、存在価値の増大を目指すこと

このあたりは経営者らしい堅実な考え方だ。下手にイノベーションに投資するとか、M&Aとか目指さないところがつつましい。地方に拠点を置く、明治時代から続く商家みたいな考え方ともいえる。

「細く長く商いを続ける」というのは、むしろ日本人が得意としてきたやり方かもしれない。そう考えると、「経済成長を前提としない経営戦略」というのも、別にそれほど難しくない普通のことに思われる。