木製の軽量・短め・金ペン万年筆、パイロット・レグノ89Sレビュー

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予算1万以下の金素材万年筆を検討して、選んだのはパイロットのレグノ89s。ブラックカラーでペン先は細字のF。

手持ちの万年筆、エクリドールXSと同じショートタイプだが、素材はまったく異なる2本といえる。半年間、交互に使い分けてみて、全体のバランスと使いやすさはパイロットが勝ると感じた。金額的にはカランダッシュの方が2倍以上したので、ある意味残念ともいえる結果だ。

万年筆を買い増すなら、海外の有名ブランドを検討する前に国産金ペンを一度触ってみた方がいいと思う。レグノは1万近くするが、プラチナの美巧なら3千円台から手に入る。これまで愛用していた高級ペンがお蔵入りになってしまったのは残念だが、レグノに持ち替えて万年筆で文字を書くのが以前より楽しくなった。

ミドルレンジの金ペンの中では最軽量クラスのコンパクト万年筆、レグノ89Sの魅力を紹介してみたい。

金属軸より圧倒的に軽い

手持ちのペンと意図的にスペックを変えてみたのだが、手に持って最初に気づいたのは重さの違い。重量を測ると真鍮・ロジウムメッキのエクリドールXSは26gだが、レグノは18gしかない。

普段はキャップを外して書くので、筆記時の蓋無し状態ならXSは16g、レグノは11g。やはり圧倒的に後者が軽い。中にはそれぞれインクカートリッジを差してある。

見た目はXSの方が小さいので、ここまで重量差があるとは予想していなかった。むしろエクリドールという製品が金属軸でメッキの層も厚く、筆記具としては重量級なのかもしれない。

レグノから持ち替えてみると、もはや鉄の塊。金属製のケガキかポンチを持っているような気分になる。隠し剣、鬼の爪という感じで、それはそれでかっこいい。

逆にレグノが軽すぎて頼りないかというと、別にそういうこともない。さらさらとペン先を紙の上に滑らせ、インクをていねいに置いていくような万年筆の醍醐味を味わえる。エクリドールだと、硬いスチールのペン先であることもあって、カリカリと紙を彫っていくような感覚だ。

筆記具は軽い方がいい

筆記具に関して「軽さが正義」とは断言できない。たとえば製図用のシャーペンは自重があった方が線を引きやすいといわれ、高級品ほど金属パーツが増えて重くなる。ロットリング製品に顕著に見られる特徴で、型番600以降はまるで南部鉄のように重い。

しかし最近ステッドラーの925から、ぺんてるのGRAPH 1000 for PROに持ち替えたら、こちらの方が軽くて疲れにくいと感じた。むしろ基本は軽い方が、線の濃さを筆圧で繊細にコントロールできる。

レグノ89sのキャップなし11gというのは、このサイズ感からして万年筆の中では最軽量クラスでないかと思う。世の中にはもっと短いミニ万年筆も存在するが、全長 12cmを切るショートサイズの現行品は、パイロットの3種くらいしか思いつかない。

PC用のキーボードでいうと、メカニカルスイッチのCherry MX黒軸から東プレRealforceのall 30gに切り替えたくらいのインパクトだ。大量・長時間のタイピングや速記用途には、こうした軽量製品が好まれる傾向がある。

いまどき万年筆で一日数万字も書くシチュエーションはなさそうだが、日ごろペンを持たなくなり退化した腕の筋肉でも、レグノならストレスなく持てる。ミニマリスト・アウトドア的な趣味からして、機能が同等なら軽い製品の方が望ましい。持ち歩いて疲れないし、格安航空の移動で重量オーバーの超過料金を取られることもないからだ。

ペン先Fは細くて書きやすい

軽さの次に気づくのは、書ける線が細いこと。メーカーは違うがペン先MとFの差が如実に表れた。

たとえば5mm方眼のマスに漢字を書こうとすると、エクリドールのMサイズは悲しいくらい潰れて読めなくなってしまう。前後の文脈から内容を推測することはできるが、塗りつぶされた漢字が文字として美しいかというと、そんなことはない。自分用のメモならともかく、手紙で出すにはちょっと恥ずかしいくらいだ。

左:レグノ89S細字F、右:エクリドールXS中字M

一方、レグノのFで5mm方眼だと、多少は潰れるがだいぶましになる。そもそも日本語の文章を書くのに行間5mmというのは無理があるのだろう。けちけちせず、太罫線のノートにゆったり書いた方が筆記の時間を楽しめる。

細字のレグノで書くと、前よりも字がきれいになったかのような錯覚を覚える。いや、前より丁寧にとめや払いを書けるので、きれいに書こうという意識が芽生えたといえる。ペン先が太すぎて微細な表現ができないと、そもそも字をきれいに書こうという気がしなくなってしまう。

細字のデメリットとしては、インクの通り道が細いからか放置すると乾きやすい。中字のカランダッシュは1週間くらいおいてもそのまま書き始められるが、細字のレグノだとインクがかすれて出にくくなる。リフィルを交換すればインクフローは復活するが、本格的に固まってしまうとお湯で洗うのが面倒くさい。

軽くて柔らかく筆圧制御が難しい

レグノはこのサイズにしては大きめの、3号サイズというペン先が装備されている。同じく廉価帯のカスタム74は少し小さい5号なので、微妙にスペックアップされているように思う。

ペン先は大きい方がいいのかわからない。素材が金であることも合わさって、手元でよくしなる。細字なので、注意して荷重をコントロールしないと、先っぽが割れたり折れてしまいそうな不安さえ覚える。

この点、エクリドールはペン先までスチールのかっちりした一体感があり、多少乱暴に勢いをつけて書いても壊れない安定感がある。レグノは繊細な文字を書けるが、その分、注意深く筆圧をコントロールしないといけないのが難しい。軽さを武器に外で使うなら、取り扱いに注意だ。

筆記時の擦過音が静か

ペン先の細さと素材の違いによるのか、筆記時の音も2本のペンはだいぶ違って聞こえる。エクリドールのシュシュシュ…という乾いた音に比べると、レグノはススス…という感じで半分くらいノイズが少ない。

特に夜中に自宅でものを書いていると、ペン先が紙に擦れる音が気になるようになってきた。レグノに慣れるとエクリドールは騒々しく、しかも高周波のやや耳障りな音で、不快感を覚える。

また、キャップを閉めるときの音もだいぶ異なる。エクリドールは金属質な見た目どおり、ふたを閉めると「パチン」と盛大に鳴る。レグノはキャップ固定パーツの手前に、見えない緩衝材が入っていてショックを和らげている。キャップにペン先を押し込むと最後の方で抵抗が増し、スピードが落ちたところで「スチャッ」と静かな音がして閉まる。

まるでロードバイクを上位グレードのコンポーネントに換装して、ショップで調整してもらった直後のようだ。ギアチェンジしようとすると、無駄な抵抗やノイズが生じず静かにスッと決まる。ていねいにメンテナンスされた精密機器を扱うような快感を味わえる。

レグノを使ってみて、万年筆は筆記時の音も楽しめるアイテムであることがわかった。胴体が木製で柔らかいため、振動・騒音を吸収する効果があるのかもしれない。握り心地だけでなく、筆記時やキャップ開け閉めの音もマイルドになったと思う。金属軸&スチールペン先から、木軸&金ペンに思い切ってパラメータを振ってみたのが勉強になった。

積層強化木は耐水性が高い

レグノの胴軸外装は積層強化木のコムプライトという素材だが、より具体的には樹脂含浸カバ材と説明されている。要するに木材そのままでなく、変質しにくい樹脂加工が施されているということだ。

建材でいうと、熱圧成型したパーティクルボードのような感じだろうか。接着剤を混合して木片を固めてあるので、均質で加工はしやすい。しかし合板や集成材に比べて、水や湿気に弱いという欠点もある。

積層強化木といえば、包丁の柄にも使われるくらい丈夫で撥水性もある。建築用の木材とは加工の精度が違って、筆記具の胴軸に使っても支障ないのだろう。

木製だがほとんど味は出ない

公式サイトで「水をほとんど吸わない」と説明されているとおり、半年握り続けても汗や脂の染みはできていない。実際に書くとき握る部分は、キャップ内に隠れた樹脂部分がメインということもある。よく見ると細かい傷がついていると思うが、元から木目のテクスチャーがあるのでほとんど目立たない。

金属製だと冬場に手に取った際、ヒヤッとした感触がするのは事実だ。筆記具程度のサイズならすぐに暖まって問題なくなるが、木軸のレグノはむしろ進んで触りたくなるようなぬくもりを感じる。机の上に置いておいて、意味もないのに握ってなでたりする。

ヌメ革のように経年変化が激しい素材だと、途中から我ながら汚く見えて、触りたくなくなることもある。レグノの強化木は、手触りは木材そのままなのに、ほとんど劣化しにくいという特徴がある。落としたりこすったり意図的に傷をつけなければ、何年経っても変わらなそうに見える。

当初懸念したように、使い込むほど胴軸がてかって来るという心配もなさそうだ。その点では「手脂を染み込ませて味を出したい」というユーザーに向いていない。コンセプト通り木の質感は楽しめるが、ほとんど味は出ないと覚悟した方がいい。

ステラ販売終了で希少価値増

パイロットの製品ページを見ると、同サイズの金属軸ステラ90Sは在庫限りで販売終了とのことだ。ショートサイズのコンパクト万年筆がすたれつつある今、現行品が手に入るレグノやレガンスは貴重な存在といえる。

レグノのブラックは黒檀(エボニー)のようにストイックだが、ディープレッドだと木目が強調されてより表情豊かに感じる。

定番サイズの万年筆を持っていて、携帯用に2本目の小型万年筆を探している人にはぴったりだろう。胴軸はほどほどに短く、筆記時にキャップを差せば延長できる。ペン先も大きいので、通常の万年筆と劣ることなく使い分けられる。

1万円程度の買物としては、万年筆で文章を書く楽しみが増してお得な体験ができた。これ以上の高級品は、全体のサイズアップやペン先の金含有量増加、胴軸の素材や装飾という観点になってくる。金ペン自体の基本性能としては、レグノのレベルで十分満喫できると思う。