阿部仁史設計&髙橋工業のコールテン鋼、塩釜の菅野美術館を見学

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仙台と松島の間にある漁港、塩釜。住宅街の小高い丘に、菅野(かんの)美術館という通好みの彫刻ミュージアムが存在する。阿部仁史設計の建築作品で、公式ウェブサイトの写真からもかなり尖ったイメージが伝わってくる。

規模は小さく展示作品も数点なので、30分もあれば見学は終わる。その後は塩釜の漁港に出て、一般人も買物できる仲卸市場でランチを楽しむのもおすすめだ。

車でのアクセスは困難

菅野美術館の難点は、とにかく場所がわかりにくい。カーナビには出るのだが、坂道の多い曲がりくねった路地を注意深く運転する必要がある。軽自動車かコンパクトカーのレベルでないと、目的地まで車体をこすらずにたどり着くのは難しい。近隣住民の車も結構通るので、対向車が来ると結構な距離をバックしてやり過ごす羽目になる。

いただいたパンフレットを見たら、「お車でのご来館はご遠慮頂いております」と書いてあった。JRの塩釜駅から徒歩10分、タクシー3分。マイカーで来たら、駅前の駐車場にでも車をとめて、歩いて向かうのが賢明だろう。

アプローチは困難だが、敷地のロケーションとしては漁港を遠くに臨む絶好のビュースポットだ。個人宅だと不便そうだが、ミュージアムとしてはめぐまれた立地に見える。眼下にある豪邸がおそらくオーナーの自邸で、庭にもいくつかただ者でなさそうな彫刻が並んでいた。

道中で看板を目撃した、菅野愛生会という病院創設者の私設美術館らしい。まあ並みの財力ではこれほど有名な作品を集めたり、こだわりの建築を普請するのも難しいだろう。企画展は行っていない時期だったので、300円の入館料を払って見学させていただいた。

外観と対照的に複雑な内部空間

建築の外観は錆びたコールテン鋼で、これ自体がリチャード・セラの彫刻っぽく見える。表面に細かい凹凸があり、鉄板の強度を高めるとともにデザイン上のアクセントにもなっている。

これが規格化された細かい滑り止めの凹凸だと、かえってチープに見えてしまったことだろう。建築のスケールに合わせて、念入りに設計された凹凸がいい具合の模様に見えて、表参道や青山にあっても違和感ないくらいおしゃれに見える。

マッシブな外観と対照的に、内側の鉄板だが白く塗られて、壁が複雑に折り畳まれている。外見からは想像もつかない内部空間の複雑さが、この作品の魅力だろう。常設展示の彫刻作品に対して、ちょうどいい位置にトップライトや開口部が設けられている。

最上部のエントランスから、港の景色を臨める三角形の窓が切り取られているのは感動的だ。ちょうど受付スタッフの人が、顔を上げると窓の外を眺められるようになっている。

中は立体的なパズルのようで、大小メリハリのつけられた不思議な空間が連続している。狭い中でも中央にエレベーターがあり、階段でらせん状に下りつつ作品鑑賞して、EVで上がって来られる動線が計画されている。

彫刻作品の配置と照明が絶妙

エミリオ・グレコの『ルチリア』とか、胸像の顔に影が落ちるような照明の当て具合がよかった。階段を下りながら、次の作品が視界に入って期待を盛り上げつつ、回り込んで正面から見るとハッとするライトで照らされるという演出が心にくい。

展示作品は少ないが、それぞれサイトスペシフィックといえるくらい計算された位置に配置されている。周囲ぐるりと鑑賞できるクリアランスもあるので、好きな作品が見つかったら飽きるまで眺められるだろう。

斜めになった鉄板に階段が溶接されていたり、インテリアとしていかにも絵になる場面が多い。最下層のピアノのあるスペースを、上階のバルコニー状スペースから見下ろせたり、動線と視線のストーリー作りが綿密に計画されたコンセプトをうかがえる。エレベーターホールの床が一部ガラス張りになって透けていたり、細かい部分に工夫もあったりする。

外皮と内皮の鉄板以外に構造的な要素は見当たらない。ダブルスキンの間に鉄骨があったりするのかもしれないが、気配が感じられない。折り曲げた鉄板の耐力だけで支持しているようにも見える。

鉄板の接合部はボルト締めでなく全面的に溶接されていた。塩釜の漁港なので、建築というより造船の技術が生かされているように思った。メディアテークの床板も、造船の職人が溶接して極薄に仕上げたというエピソードを聞いたことがある。

鉄板加工はメディアテークと同じ髙橋工業

あとから調べたら菅野美術館の施工も同じ、髙橋工業という気仙沼の会社だった。まさに「造船技術と建築の融合」をうたっていて、古くは同地にあるリアス・アーク美術館もこの会社の作品らしい。銀座で見かけるLANVANの店舗や、阿部仁史の作品で仙台にある青葉亭も、同じだった。

作品例を見ると、国内の現代建築で大規模な鉄板の加工や凝ったパターンの穴開けは、ほぼ髙橋工業が手掛けているのではないかと思うほど。毎回チャレンジングな施工で大変だと思うが、業界では有名な会社なのだろう。昔の石垣積みで有名な穴太衆のように、全国からお声がかかる鉄板加工集団というイメージだ。

空調設備が巨大な理由

ギャラリー部分には空調の軸流吹出口があり、ところどころメカメカしいダクトが鉄板を貫通して露出している。壁と同じ白色に塗られているので目立たないが、たとえばトイレの部分はこんな感じ。

展示されているのは主に彫刻作品なので、そこまで厳密な温湿度管理が必要そうには見えない。この規模の建築にしては大げさな空調設備に思われたが、外皮が鉄板むき出しなので、夏場は恐ろしい蒸し風呂になるのだろうか。駐車場の下に、ヒートポンプチラーらしき設備機器が見えて、結構けたたましい音でなっていた。

東北とはいえ太平洋側なので、夏場は気温30度を超える日もあるだろう。もし何もケアしていない鉄板なら、目玉焼きがつくれそうなくらいアツアツになるはずだ。少なくともインテリアの白壁と鉄板は二層構造になっているようなので、間に強力な断熱材をサンドイッチしていると思われる。

コールテン鋼の使いどころ

外壁の耐候性鋼は、メンテナンスフリーで何十年も持つスペックなので、お財布や環境にやさしいエコ建材ともいえる。見た目が錆びすぎで貧相に見えるので、近隣住民から景観上の評判はよくなさそう。触るとケガするとか服が汚れるとクレームもつきそうだが、菅野美術館は外のブリッジから壁に触れられないようセットバックしている。

見た目と裏腹に強度抜群のコールテン鋼も、海水には弱いらしい。たまに水で塩分を洗い流せばOKらしいが、釜石のこの立地だと多少はメンテが必要なのだろうか。潮風で化学変化した錆が流れるのか、一部の窓や溶接部が茶色く汚れていた。

錆を「寂び」ととらえれば、一発で外観のイメージが渋く決まる強烈な素材だ。そのため全面的に使用すると、菅野美術館のような有名作品を真似したと思われそうな気がする。打ち放しコンクリートの建物で、建具やエントランス回りにアクセント的に使うのもおしゃれだ。うっかり触れると服に錆が付きそうな懸念もあるので、人の手が触れない庇とかに使うといいのかもしれない。