『ウォール街のランダム・ウォーカー』~思考停止型株式投資のすすめ

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株投資関連の書籍の中では常に高い人気を誇る『ウォール街のランダム・ウォーカー』。ブックオフに並んでいた少し古い原著第9版を持っていたが、久々に読み返してみた。

チャールズ・エリスの『敗者のゲーム』とかぶる内容も多々あるが、有名な「チンパンジーにダーツを投げさせて銘柄を選ぶ」とか、「バックミラーを運転しては危ない」というたとえ話も出てくる(ただし明確な根拠がなく本書がオリジナルなのかは不明)。アクティブ派もパッシブ派も、株式投資に関する教養として読んでおいて損はない本だ。

インデックス投資を学ぶならまずこの一冊

ある程度投資を経験して好況・不況も一通り味わってから読むと、身につまされる内容が多い。最初に手に取ったのはインデックス投資について興味を持ち始めた頃だったが、過去の失敗を鑑みても「もはや稼げる方法はこれしかない」と確信した覚えがある。結論としては「ノーロードのインデックス・ファンドに長期分散投資」というシンプルな内容だが、それ以外のさまざまな投資テクニックを反証することに本書の大半が割かれている。

13章に掲載されている「リスク選好テスト」で自己分析してみると、多少山っ気があると判定される。株主優待目当てで個別株も売買するが、ポートフォリオの一部はインデックス・ファンドで持つようになった。数年前からドル・コスト平均法の積み立て投資も試している。

短期のトレードではやはり勝率が低く、結局たいていの投資家はインデックス指数とインフレ率を上回るパフォーマンスを上げるのは難しい、という本書の結論にまた戻って来る。バブルの歴史は繰り返す、チャートは読んでも無駄である、という教訓を思い出すため、年に一度は読み返したい本だ。

アクティブ vs パッシブはなぜ神学論争と呼ばれるか

あくまでも本書は「平均的な投資家が多少ましに稼げる方法」を扱っているので、アクティブな運用に自信がある人にはつまらない内容だろう。自分もかつては個別株に比べて投資信託にまったくおもしろみを感じられなかったが、今になってようやくインデックス・ファンドを中心としたパッシブ投資の有用性をしぶしぶ認めるようになった次第だ。

パッシブ派は長期投資が条件なので、結果は10年以上後にふたを開けて見ないとわからない。それまでは下手にポートフォリオをいじらないように、あらゆる投資の誘惑を断ち切る必要がある。長期投資について「信じる者は救われる」という信仰に近い忍耐力を必要とされるのが、アクティブ/パッシブ投資の是非が宗教論争と呼ばれるゆえんかもしれない。

書店に並んでいる長期投資の指南本は、たいてい『ウォール街のランダム・ウォーカー』や『敗者のゲーム』が元になった各論なので、信仰心を支え続けるにはバイブルといえる本書を暗唱できるくらい読み続けるとよいだろう。

17世紀から現代にいたるバブルの歴史

第2~4章で人類史上のバブル景気にまつわる歴史が手短にまとめられている。17世紀オランダのチューリップバブル、18世紀イギリスの南海泡沫会社、1920年代アメリカの大暴落から近代~インターネットバブルやエンロン事件まで、名前はよく聞くが詳しく知らなかった事件の概要を把握することができる。とりあえずこの3章だけでも歴史の教科書として学ぶには最適なテキストだ。

「教訓はまったく自明なことなのだが、忘れ去ることもまたたやすい」。どれだけ反省を重ねたとしても、群衆の狂気はすさまじい。自分も2000年代初頭に会社の上司に進められてネット証券の口座をつくり、IPO株に手を出しては市場の洗礼を受けたものだ。リーマン・ショックの時も、7年くらい経ってここまで日経平均が回復するとは信じられなかった。バブルは何度でも起こるし、その後ゆっくり景気が平均に回帰するというのもまた事実だと知った。

ファンダメンタル分析に対する批判

著者が主張するポジションは効率的市場理論である。「公表、未公表を問わず、あらゆる情報はすでに現在の株価に織り込まれている」。すなわち、ファンダメンタル分析を行っても、企業の評価はすでに株価に反映されているので、売買で儲ける余地がない。そもそも将来の利益予測が正しいという保証はなく、たとえ正しかったとしても市場全体の株価収益率が下がる(システマティック・リスク)可能性もある。

ファンダメンタル派といえばウォーレン・バフェットに代表されるように、一般的には株式投資の王道と考えられているので、本書の批判は刺激的だ。ただし「平均が存在する限り、平均に打ち勝つ人々は必ず存在する」という注釈がついていて、バフェットのように例外的に成功するファンドがあることも認めている。それでも過去の実績から未来の成功を予測できない(ファンドの成績すらランダム・ウォーク)という姿勢は崩さない。

テクニカル分析に対する批判

反対にテクニカルなチャート分析については、ファンダメンタルよりさらに痛烈な批判が加えられている。そもそもタイトルのランダム・ウォークとは、「物事の過去の動きからは、将来の動きや方向性を予測することは不可能」という前提だ。意味ありげなパターンを描く株価チャートも、事後的に周期性を認められるだけであって、明日の動きはまったくランダムで予想がつかない。「株式市場は記憶というものを持たない」ともいわれている。

コイン投げの結果を記録したグラフが、驚くほど株価のチャートに似ているというのが、その証拠である。人間の認知バイアスや秩序を好む性向が、ランダムな事象からパターンを探そうと努力させるのであって、後述の行動ファイナンスの話も絡んでくる。

女性のスカートの丈で相場を占うとか、スーパー・ボウルの勝ちチームから株式市場のパフォーマンスを予測するとか、怪しげな指標をこきおろす第6章は痛快である。実際、事後的に探そうと思えばどんな指標も見つかるもので、S&P500指数と相関度が一番高かったのは、バングラディシュにおけるバターの生産量だったそうである。やはり人間としては、手痛い損失を被った後は、(自分の落ち度でなく環境的な要因として)何か理由を見つけないと納得できないものだ。

分散投資が有利だという統計的根拠

第3部以降は、現代ポートフォリオ理論、ベータ指標など最近の学説を取り上げているので、やや専門的な内容になってくる。それでも数式は補足的に囲み記事にまとめられているので、要点だけつかめば読み進めるのに支障はないだろう。

本書に出てくる具体的なアイデアで印象に残ったのは以下の2点だ。

  • 負の相関でなくても、分散投資すればリスクの低減に役立つ可能性がある。
  • 50銘柄に分散投資すればリスクはおおむね低減できるが、それ以上増やしてもあまり意味はない。

まず、常識ではハイリスクとみなされる(アメリカ以外の)外国株式をある程度ポートフォリオに加えると、総リターンが増すのは当然として全体のリスクも下がる、というのが不思議である。根拠になるデータは1970年から2006年までの36年間なので、あくまで「可能性がある」という範囲だが、外国株式を24%加えることでリスクが最小化し、投資の世界ではあり得ないといわれる「ただ飯」にありつける。近年はグローバリゼーションの進展で先進国間の相関度は高まっているので、中国やインドの新興国市場も考慮すべきといわれている。

また、統計的に30銘柄くらいの分散投資で顕著にリスクが下がりはじめ、50銘柄くらいに同じ金額をばらまけば60%はリスク軽減できると説明されている。逆にこれ以上保有銘柄を増やしても、実質的にはあまり効果がないというのがグラフから納得できる。ここでいうリスクとは各社固有の要因による非システマティック・リスクなので、市場全体が落ち込むときには対処できないが、それでも長期で保持すれば平均的にリターンは上向く。50銘柄というと単元株でそろえるにもなかなか大変だが、とにかく個別株投資でも保有銘柄を増やせば全体の変動は穏やかになるというのは、参考になりそうだ。

分散投資に関して「株式と相関が低い不動産(REIT)や債券の資産クラスにも投資すべき」というマルキール教授の主張は、株式重視のチャールズ・エリスとは異なるようだ。さらに「誰もが基本的に持ち家を保有すべきである」とまでいわれているが、あくまで投資としての話であって、流動性の低い家屋や不動産をローンを組んでまで保有する必要はないと思う。せいぜいREITをいくつかポートフォリオに含んでおくくらいでよいだろう。

行動ファイナンス学派の紹介

10章で紹介される行動ファイナンス学派は、第9版で追加された内容らしいが、ここが一番おもしろかった。人間は経済学者が考えるほど合理的には行動しない、いやむしろまったく非合理的であるというのが、いくつかの実験からも明らかにされる。

  1. 自信過剰
  2. 偏った判断
  3. 群れの心理
  4. 損失回避願望(プロスペクト理論)

いずれも、身に覚えのある傾向ばかりだ。「自分がバカなのはたまたまでなく、人類全体がバカなのだから、下手に投資するよりインデックス・ファンドにお金を預けていた方がよっぽどましだ」という風に、著者の主張を補強するかたちで行動ファイナンスの逸話が挟み込まれている。

そうとはわかっていても、個人的に株主優待目当ての個別株売買だけはやめられない。これについては非合理性を通り越した確執というか信念があるようなので、折に触れてまとめてみたいと思う。

思考停止型投資の提案

残りの各章では、著者の標榜する効率的市場理論に対する反論への反証(ダウの負け犬戦略、バリュー株など)や、年齢に応じた具体的なポートフォリオ構成などがアドバイスされる。最後の14章で、おすすめの投資法はNo-Brainer Step(思考停止型の歩き方)、すなわちただインデックス・ファンドを買って寝かせておくこと、とされているが、まさにこれがパッシブ教のアルファにしてオメガだ。

思考停止こそが最良の戦略、たまにポートフォリオをリバランスすること以外、株式投資について考えないことが最大のパフォーマンスをもたらす、という逆説が愉快である。「テクニカル分析をさんざん勉強して、結局意味なかったし売買手数料分だけ損した」という経験がある人には目からうろこだろう。

前提を敷衍するとインデックス投資すら安泰でない

あらためて考えると、インデックス投資がアクティブファンド以上の好成績を上げているというのも、過去のチャートに即しての話だ。「バックミラーを見ながら運転しては危ない」というたとえ話を敷衍するなら、パッシブ派の教条すら確実とはいいがたい気がする。それもあってか、本書では「…の可能性が高い」という言い回しが頻繁に出てくる。確実に儲かる投資法はなく、インデックス・ファンドへの長期投資も売買手数料とキャピタルゲインへの課税を逃れられるという理由以外に、論理的なメリットはないのかもしれない。

もしこの先、未曽有の大不況が全世界を襲って自分が生きている間は経済史上に残る暗黒時代になるとか、社会主義とまではいかなくてもシェアリングエコノミーが進んで株式会社は役目を終えるとか、そういう可能性はゼロではない。SF小説の『日本沈没』は、まさにそのくらいの例外的確率で天変地異が起こったらどうなるか、という思考実験だった。

市場がランダム・ウォークするという前提にもとづけば、インデックス・ファンドさえも安泰ではないかもしれない。しかしそもそも、世界市場全体が崩壊するときは預金も債権も意味なくなるだろう。低金利の銀行貯金よりはファンドに預けた方が利回りもよく、市場にお金が回って経済活性化すると考えれば、パッシブ投資が無難なラインに思われてくる。そして株のことは忘れて他の事業に精を出した方が、実りある人生になりそうな気もする。

『ウォール街のランダム・ウォーカー』…株式投資に失敗したり、3月の権利落ち前で気持ちが焦るときに再読すると気持ちが穏やかになること請け合いだ。少し古い第9版だとアマゾンでかなり安くなっている。本記事で触れた内容は網羅されているので、少しでも節約したい方はこちらをどうぞ。

最近はロボアドバイザー推しのマルキール教授

2016年の日経マネー5月号に、著者のバートン・マルキールが登場していた。米国バンガード社の役員を経て、最近はロボアドバイザーを販売しているウェルスフロント社に参画しているらしい。チャールズ・エリスも抱え込んでいるようなので、すごい宣伝効果がありそうだ。

インタビューでは若干セールストーク色が強く感じられたが「ロボットの自動助言サービスに頼れば不況でも過度に悲観的にならずに済むので合理的だ」と主張されている。もはやパッシブ教は思考停止を通り越してロボットの信託にゆだねるべきという段階まで進んできた。もしロボアドバイザーが手数料ゼロなら究極のほったらかし投資を実現できるかもしれないが、1万ドル以上は0.25%とのことだ。それでもたいていのファンドよりは低コストだろう。

ロボットに資産運用を任せる最大のメリットは、自分の痴呆リスクかと思う。行動ファイナンス的に人の判断は間違いだらけだからインデックス・ファンドに投資するのはいいとしても、アカウントのパスワードはおろか、預けたことすら忘れてしまっては元も子もない。

株主優待向けのロボアドバイザーが欲しい

理想的にはアセットアロケーションだけでなく、株主優待も整理して「ワタミの宅食」で毎日弁当を届けてくれるところまでやってもらえるとありがたい。株主優待は制度変更が頻繁にあって、日経マネーの桐谷さんコラムを毎月読まないとフォローできないくらいだ。日本国内くらいしか市場はなさそうだが、好みの料理とか自宅近くのチェーン店を指定すると、自動的に外食関連の優待銘柄をレコメンドしてくれるロボットとか、ぜひフィンテックベンチャーに開発してほしいものだ。