『インターステラー』レビュー、ハードコアSFと娯楽大作の稀有な融合

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『ダークナイト』や『インセプション』で有名なクリストファー・ノーラン監督のSF映画作品。2014年の劇場公開をうっかり見逃してしまったが、ゲオの旧作108円の棚に並んでいたので、ようやくBlu-rayを借りて観た。

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あらすじや科学的な解説はすでに他サイトに情報があるので、そちらをご参照いただくとして、個人的に気になった点をいくつかご報告。

(以下ネタバレ)

SF考証は緻密だが、しょせんは娯楽映画

脚本家が大学で相対性理論を学び、 制作陣に物理学者を抱え、ワームホールやブラックホールのグラフィックスが専門家もうならせる、という徹底した科学考証が売りの作品。なんと映画に派生して論文まで書かれらしい。

『インセプション』では、マトリックスを超える多重仮想現実のシナリオでSF通をうならせた監督だから、「重力場で時間が遅く進んで自分より老齢になった娘に再会する」なんて筋書はお手のものだろう。

科学的な裏付けをもとにしたハードコアSFを基本に、適度なアクションやサスペンス要素、ヒューマンドラマを織り交ぜつつ、見どころによっては誰でも楽しめる作品に仕上げている。一面では、宇宙で生き別れた親子の愛を描いた壮大なドラマともいえるし、種の存続という大義のために暴走したマッドサイエンティストと戦うスパイ映画としても観られる。

ただ「ブラックホールに吸い込まれても奇跡の生還を果たす」というあたりは完全なフィクションだ。未来の人類が5次元空間から助けに来るとか、「愛」という第5の物理学的力が作用して親子が再会を果たすとか、別にどうでもいい。

全能の天才、マン博士を最果ての惑星で救出して、一体どんなアイデアが出てくるのかとわくわくした。しかし主人公と頭突き格闘・肉弾戦の末、クルーを見捨てて一人脱出を図り、あっけなく自滅という、ありきたりな結末でがっかりした。

時計の針で特異点の観測データを伝える点

クーパーが4次元超立方体の中から、娘のマーフにブラックホール内の観測データを送る。それをもとに数式が解けてスペースコロニーが実現し、人類は荒廃した地球からの脱出を果たす。この中で「腕時計の秒針を動かしてモールス信号でデータを送る」というトリックがあるのだが、あの秒針の動きを実現する仕掛けの説明が足りない。

まず、クーパーがコンタクトできるのはマーフの部屋だけなはずだが、家の外やNASAに帰ってからも秒針は動き続けている。なにか細い帯状のものを操作して、重力波で過去の空間に干渉できることはわかる。しかし基本的には特定時刻を選んで、そこからはリアルタイムに同期してコミュニケーションをとっているように見える。

考えられる仮説としては、クーパーは4次元空間で未来人の指導のもと、TARSとともに修行を積んで、重力波を自在にコントロールできる技術を身につけた。そして、

(クーパー努力説)

  • マーフの部屋以外の空間にも出現できるようになり、マーフが時計を見ている時間帯を選んでは、ひたすら信号を送り続けた。
  • さらなる修行の結果、時計周辺のローカル座標空間に、繰り返し同じパターンの重力波を送り続ける技を習得した。

(時計側原因説)

  • マーフが渡されたアンティーク風の腕時計は手巻きの機械式に見えるが、実は旧NASAが開発したスパイ道具で、秒針の動きを記憶するメモリー機構と、何らかの動力が仕込まれていた。(あるいはマーフが見えないところでゼンマイを巻いていた)

この映画では長い時間の経過を感じさせないような演出が多いので、4次元部屋のシーンで実はクーパーの主観時間で何年も過ごしていた、という話はありえる。

他にも、ミラーの惑星~マン博士の惑星からブラックホールまでの移動にかかる数か月。ミラー星でのエンジン復帰までの45分間が一瞬で過ぎて不思議に思うが、母船に戻るとちゃんと23年経過しているとか、意図的に時間感覚を狂わせるカット割りが行われている。

マン博士から母船を奪取した後、すぐにブラックホールに吸い込まれたように見える。ところが実際には数日あって、その間にクーパーは他のAIロボット2体と、アメリアとCASEだけ切り離す段取りを示し合わせていたと思われる。

アメリアのブラックホールからの脱出は可能なのか

ブラックホールで事象の地平面付近からアメリアだけかろうじて脱出するが、実際にはスイングバイ航法で最高速度に達したあたりは光速に近いはずだ。そこから探査船のエンジン加速だけで脱出可能な速度まで加速できるのだろうか。

さらに、劇中も加速度Gが半端ないシーンで、乗組員が気絶する描写が2回あるが、大気圏突入やブラックホール特異点の重力で、宇宙船や人体が潰れてしまったりしないのだろうか。

パイロットのクーパーが、神業のテクニックで奇跡の脱出やドッキングを何度も成し遂げるのはよいとする。だがマン博士の最期のように、宇宙船ごと人体も潰れておかしくなさそう局面が何度も出てくる。

これらのアクシデントが「宇宙船の機械が調子悪くなる」くらいのトラブルで済まされているのは、ちょっとできすぎだ。これも進化した科学技術のなせるわざか、未来人類のご加護だろうか。

ワームホールを超えてビデオ映像を届ける通信技術

そもそも「次元を超えて作用できるのは重力だけ」という話だった。しかし、一種のブラックホールといえるワームホールを通して、他の惑星から地球へのビーコン信号と、地球から宇宙船へのビデオ映像が送受信できているのは、やや違和感を感じる(このビデオレターが本作品の泣かせどころなのだが)。

ブランド教授の重力方程式は未完成だったが、スペースコロニーはつくれなくても、重力波を使った通信くらいはできるようになっていたのだろうか。あるいは、ダークマターやアクシオンのような未知の素粒子で情報を伝達できるようになっていたのか。

その他、

  • ミラー星のミッション中、ロミリーが宇宙船で23年間過ごすには、食料や設備が足りないように見える。(航行中クルーが食事をとるシーンがないので、超効率的な点滴とかで代用されているとか)
  • 老人のマーフが「アメリアだけ生きていてエドマンズの惑星にいる」と知っているはずがない。(クーパーが救助されてから目覚めるまでに実は数か月かかっており、その間にアメリアがエドマンズ星に到着してビーコンで座標を送り始めたとか、マーフも未来人とコンタクトして神通力をそなえたとか)
  • クーパーはブラックホールに落ちたのだから、その間の時間経過が50年程度で済むとは思えない。(未来人が気をきかせて、マーフの死に際に間に合い、アメリアも生きているくらいのちょうどよい過去に戻してくれたとか)

いちいち突っ込むのも野暮だが、細かい点に疑問を感じるところが多かった。

インターステラー関連アイテム

劇中で重要な役割を果たした、ハミルトンの腕時計が販売されている。マーフのアンティーク時計は非売品だが、クーパーの 「カーキ パイロット デイデイト」は国内限定200本。まだアアマゾンで売られている。

せっかくなら重力波が出たり、秒針でモールス信号を送れる隠し機能があったらおもしろいと思うのだが。

もうひとつ、ハミルトンから「カーキ フィールド マーフ オート」という映画内の時計を忠実再現したモデルが発売されている。細かい演出で、秒針にモールス信号が刻まれていたりする。現在は入手困難だが、レトロな文字盤にそそられる一品だ。