かくてもあられけるよ

セミリタイアしてシェアハウスで暮らすノマドなミニマリストの株主優待日記

『この世界の片隅に』マンガ&DVD感想~これは戦時下のサザエさんだ

友人がしきりに勧めてきて、原作マンガまで貸してくれた。映画も上映していたことをまったく知らなかったが、そもそも昨年は出不精で、『君の名は。』や『シンゴジラ』ですら見逃してしまった。また流行りのアニメ映画か…と思って無意識にスルーしていた『この世界の片隅に』だが、これは大人も泣けるいい話だった。

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

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(以下ネタバレ)

昭和風のタッチでコマ割りが斬新な原作マンガ

出張帰りのジェットスター機内と成田空港からの電車で、マンガの上中下3巻は一気に読み終えた。ときどき、妙に荒い下書きみたいなコマとか、空襲の焼け跡はやる気なさげなふにゃふにゃの線で描かれていたりする。水木しげるや諸星大二郎を半分くらい簡素にしたような画風で、ぱっと見は昭和の時代に描かれた古い戦争ものとしか見えない。

上巻の序盤、主人公のすずが嫁入りで自宅に帰るシーンで、畑の大根の葉っぱが大写しになるカットがある。土の上から世界を見ているような不安げな構図で、このマンガはただモノでないと思った。

セリフなしで紙芝居のように進む部分も多い。弐瓶勉の『BLAME!』を彷彿させるくらい無言のページが続いたりするが、こちらはときどき回想シーンも織り交ぜられるので、わけがわからなくなる時がある。5回くらい読み返して、その都度、張られていた伏線とか、意外な人物がここにも出ているとか、新しい発見があった。

原作のエッセンスが凝縮された映画

映画版は見逃してしまったが、タイミングよく9/15にDVDのレンタルが開始されたので、さっそくゲオで借りてきた。クラウドファンディングで制作費を集めたとか、いろいろ逸話もあるようだが、とりあえず原作にほぼ忠実に、2時間でエッセンスを詰め込んだよい脚本に思われた。

この世界の片隅に [Blu-ray]

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周作さんと白木リンの恋物語がごそっとカットされているが、すずが右手を失ったあとの回想シーンでリンさんが出てきて言うセリフなど、大事なところはしっかり残されている。エンドロール後に、10,800円以上のファンディング支援者の名簿がずらっと出てくるが、その下でリンさんの生い立ち紙芝居が流れるのはファンサービスといえよう。

すずが子供のころ、祖母の家であった座敷童がリンであるというのは、映画の方では遊郭での再開シーンで「スイカをかじっていた」というセリフでフォローされている。省略したエピソードもうまく生かしているが、正直、原作を読んでいなければわからない部分が多い。形見の口紅は出てくるが、右手を失ったあとのセリフでだけ出てくる「よかねー」のテルさんとか、映画だけ観ている人には「誰やねん」という感じだろう。

映画とマンガを交互に読むと理解が深まる

リンさんの紙芝居で、2枚目のお客さんが周作さんであるのは、マンガを読んだ人しかわからない。その後、すずとリンが友達だったとという想定で手をつないでいる絵が数枚追加されているのは、原作のファンには泣かせどころだ。映画とマンガを交互に読むと理解が深まって楽しめる作品だと思う。

子供のすずが鉛筆を研ぐシーンと、海苔をつくるシーンで手をこする「ほー、そすそすそす」は映画にも出てくる。もう一か所似たようなシーンで、竹藪から竹やりを切り出しながら周作とリンの関係に気づく場面が好きなのだが、そこは省略されていた。

一方、映画版で原爆のあとに、「広島の回覧板が飛んできた」というセリフがあったおかげで、木の上に引っかかっている障子戸に向かって「…あんたも広島から来たんかね」と言っている理由が分かった。マンガを読んだときは、右手が不自由なのに、どうやって自分で戸を木に上げたのか不思議に思っていたところだ。

リンさんの紙芝居の隣に、径子と旦那の馴れ初めが追加で描かれている。よく見るとマンガ版の終戦後、径子の回想紙芝居で右側に描かれていた乞食の後姿がリンさんだと気づいた。ほかにも、あとがきに添えらえている女の子のイラストが、エンドロールのおかげで広島で拾われてきた孤児だとわかった。

映画版の追加要素、玉音放送のあとに、「海の向こうからきたお米、大豆…そんなもんでできとんじゃなあ、うちは」というセリフだけ意図がよくわからなかったが、これも原作をよく読めばなにか含みがあるのかもしれない。

戦時下のサザエさんのような物語

作者があとがきで、「この作品では、戦時の生活がだらだら続く様子を描くことにしました」と書いているとおり、空襲、原爆、玉音放送などの基本要素は出てくるが、家庭の主婦の目線から描かれた戦争物語になっている。勇ましいとか悲惨な話よりも、戦時下の配給制度のなかで、いかに工夫して食卓を盛り上げるかとか、嫁ぎ先の家族との軋轢みたいな普通の話が印象に残った。

まるでサザエさんのように繰り返す日常の中で、だんだん家族が減っていくというストーリーが、かえって戦争のリアリティーを感じさせるように思う。カツオは海軍に行って戦死し、タラちゃんは空襲で爆死、ワカメは原爆で放射能に侵される、というような筋書きだ。

子供のころ『はだしのゲン』や『火垂るの墓』を観ても何とも思わなかったが、この作品は妙に心に刺さるものがある。悲惨さを前面に打ち出さない戦争ものは、『風立ちぬ』以来の新しい流れかもしれない。映画版では周作とリンさんのややこしいエピソードが省略されているおかげで、子供にも安心して観せられる作品になっている。